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ヤコブ3:18 義の実

καρπὸς δὲ δικαιοσύνης ἐν εἰρήνῃ σπείρεται τοῖς ποιοῦσιν εἰρήνην.

(口語訳)義の実は、平和を造り出す人たちによって、平和のうちにまかれるものである。

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καρπὸς δὲ δικαιοσύνης
また義の実は
ἐν εἰρήνῃ
平和において
σπείρεται
蒔かれる
τοῖς ποιοῦσιν εἰρήνην.
平和をなす者たちに

平和をなす者たちに「よって」蒔かれると訳すのか。
口語訳を読むまでは、平和をなす者たちに「対して」蒔かれるのかと思ったや。

なので訳すと、
「また義の実は平和において、平和をなす者たちによって蒔かれる」
という感じでしょうか。

実が蒔かれるのか。種ではなくて。
蒔かれた種を育てる行為が、つまり平和をなすということなのでしょうから、すでに平和をなしているならばそこには実がもう成っているということかな。

ともかく、ヤコブさんとしては、義の実は平和なものなのだ、ということです。
なので、ヤコブさんは争いがあれば、そのことを問題にします。つづく4章はそういう展開ですね。

でも、まぁ世の中のことに当てはめて考えると、おとなしくしていれば、それで正しいというわけでもない。
ヤコブさんも、それは分かっている。おとなしければ、平和であればそれでいいとは思っていない。
なすべき善が何であるか分かっているならば、それを行なわなければならない責任があるとヤコブは考えているようですね。

ヤコブさんは、祈りの重要性なども後半に論じてますが、基本的には合理的に行動するタイプに思えますね。
合理的に行動すべきであると分かっているときには、行なうべきを行なう。
何でもかんでもオカルティックに解決しようとしないところが、わりと理解しやすいです。

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