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ヤコブ 3:14 真理にそむいて偽ってはならない

εἰ δὲ ζῆλον πικρὸν ἔχετε καὶ ἐριθείαν ἐν τῇ καρδίᾳ ὑμῶν, μὴ κατακαυχᾶσθε καὶ ψεύδεσθε κατὰ τῆς ἀληθείας.

(ヤコブ 3:14 口語訳)
しかし、もしあなたがたの心の中に、苦々しいねたみや党派心をいだいているのなら、
誇り高ぶってはならない。また、真理にそむいて偽ってはならない。

自分なりに試訳すると下記のような感じでしょうか。

εἰ δὲ ζῆλον πικρὸν ἔχετε
また、もし苦い嫉妬を持つ者、
καὶ ἐριθείαν ἐν τῇ καρδίᾳ ὑμῶν,
またあなたたちの心に野心を持つ者があれば、
μὴ κατακαυχᾶσθε καὶ ψεύδεσθε κατὰ τῆς ἀληθείας.
傲慢になって真実について偽ってはならない。

---
εἰ は「もし」。
δὲ は「しかし」とか、「また」という意味。

ζῆλον πικρὸν で「苦い嫉妬を」。
ζῆλον が「嫉妬」とか「熱心」という名詞で、πικρὸνは「苦い」という形容詞。語尾が「-ον」になっていて、どちらも対格(~を)の形です。

ζῆλονは辞書だと、「ζῆλος, ου, ὁ」とそれぞれ「ζῆλος(主格単数の形)、ου(属格単数の語尾)、ὁ(冠詞)」が記載されてます。
この組み合わせで第二変化の男性名詞がわかります。
第二変化の男性単数は下記のように変化するので、
主格 ζῆλος
所有格 ζήλου
与格 ζῆλῳ
対格 ζῆλον
「ζῆλον」は対格(~を)の形です。「嫉妬を」ということですね。

「πικρὸν 苦い」も同じなんですが、辞書だと「πικρός, ά, όν」とあります。
これは「πικρός(男性), ά(女性), όν(中性)」のそれぞれの語尾がかかれてます。
形容詞は、かける名詞に性数格をそろえるので、男性名詞にかけるときには男性の形を使う。
これはすぐとなりにある「ζῆλον 嫉妬」にかかってますね。
「苦い嫉妬(を)」という意味になる。

ἔχετε
ἔχωは「持つ」とか「伴う」といった意味。
能動現在の動詞は、数によって語尾が下記のように変化します。

一人称単数(私は~する)-ω
二人称単数(あなたは~する)-εις
三人称単数(彼[女]は~する)-ει
一人称複数(私たちは~する)-ομεν
二人称複数(あなたたちは~する)-ετε
三人称複数(彼[女]らは~する)-ουσι

ἔχ-ετε は二人称複数の形です。

καὶ は「また」とか「そして」という接続詞。

「ἐριθείαν 野心」は辞書だと「ἐριθεία, ας, ἡ」となってます。
第一変化の女性名詞ですね。主格単数の語尾が「-α」で属格が「-ας」の変化のパターンのものです。
(ウィキペディアの「Ancient Greek grammar (tables)」に変化表も参考に)
ἐριθείανは表の単数(Singular)の対格(Accusative)に確認できます。
対格なので「野心を」という意味になります。
口語訳だと「党派心」となってますね。新共同訳だと「利己的」。
辞書だと「報酬目当ての」というような意味が出てますね。たしか、田川訳も、コリントスでこの語をそのような意味であると書いてたような。賞賛などの利益を目当てにしているという意味になるのかな。

ἐν τῇ καρδίᾳ ὑμῶνで「あなた方の心において」です。
ἐνは「~において」という前置詞。
τῇは冠詞。単数女性与格(~に)の形。
καρδίᾳ は「心」。辞書だと「καρδία, ας, ἡ」。第一変化の女性名詞。単数・与格(~に)の形。「心に」となる。
ὑμῶνは「私たちの」という語。
(例によってウィキペディアの変化表です。「Ancient Greek grammar (tables)」)

ここまでのところをまとめると、
「εἰ δὲ ζῆλον πικρὸν ἔχετε καὶ ἐριθείαν ἐν τῇ καρδίᾳ ὑμῶν」
「でも、もし苦い嫉妬をあなた方が持ち、またあなたがたの心において野心を(持つならば)」
という訳になりますかね。


μὴ κατακαυχᾶσθε
μὴ は「~ない」と否定する語。
κατακαυχᾶσθε は「傲慢な態度をとる/尊大である」という動詞の命令形。
「傲慢になるな」という意味ですね。

καὶ ψεύδεσθε は「また、偽るな」という意味。

κατὰ τῆς ἀληθείαςは「真実について」という意味。

---

真理に背く動機として、傲慢さが挙げられている。
おそらく教会の指導的な地位にある人物が批判されていて、信徒のなかの教師ぶる人々は賞賛を「嫉妬」から批判して、彼らは真実を捻じ曲げてしまっているのだ、と見なされているのだと思います。
似たような教会の混乱については、第一クレメンスの手紙も伝えています。クレメンスのケースでは、エルサレムへ献金することについて混乱が生じたようです。

ヤコブのケースでは、何が問題になったか分からないけど、貧富の差と、律法を行なうことがヤコブ書で強調されてます。
イスラエルから離れ、ユダヤ人以外にも広がってゆくにつれて、習慣や伝統に対する理解は難しくなります。
貧しいものを保護する意味をもつ律法・習慣が無視され、弱者が冷遇される状況を目にして、ヤコブは批判しているのではないかなと思います。

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