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Q資料のイメージ【三千人の共食】

Q資料のイメージ【三千人の共食】

Q資料とは、マタイ・ルカが福音書を書くときに資料として用いられたとされる文書です。
マタイ・ルカは、マルコ福音書とQ資料を用いて福音書を書いたとされています。

僕には、Q資料が、マルコ福音書と対立しているイメージがあります。

マルコの描くイエスは、パンを増やして数千人に分け与え、水の上を歩き、「あなたは、ほむべき者の子、キリストであるか」の問いに「そうだ」と答える。
キリストであるという意味は、その後すぐにローマへ引き渡されることから「王である」という意味で解していいのかなと思う。
キリストであるというならば、王を僭称した危険人物としてローマに告発するということでしょう。
マルコの描くイエスは「キリストか」と問われて、「私がそうだ」と答えている。

Q資料のイエスはサタンに誘惑される。石をパンに変えることを拒否し、空中を歩くことを拒否し、王になることを拒否する。
これはマルコに反するスタンスだ。
ほかにも気になる食い違いがある。
Q資料はベツサイダやカファルナウムを「黄泉にまで落されるであろう」と断罪するが、マルコ福音書はベツサイダやカファルナウムの人々が熱心にイエスの話を聞きにくることを描いている。

「パン」、「水中・空中を歩く奇跡」、「王であること」。
これらの対立している要素は、微妙に重なる気がします。

空想でしかないですが、エルサレムの教会とベツサイダ・カファルナウムの教会が対立していたのかなと感じます。
マルコは、ベツサイダ・カファルナウムの教会を弁護しているのでしょうか。

イエスが処刑され、ペテロがガリラヤの湖に戻ってきて漁をはじめる。
嵐の日にペテロは荒波に悩まされ、不漁に終わる。
疲れ果てた夜明け頃に、ペテロはイエスの姿を見る。
その体験から、ペテロはイエスが復活したと言いはじめたのでしょう。

伝承は伝えられるうちに変形してゆく。
「夜中に弟子が舟に乗っていたが、嵐に巻き込まれて困っていた。するとイエスが水の上をあるいて来てきた。舟に乗ったら嵐が止んだそうだ」
「弟子たちと舟に乗っていると、嵐に巻き込まれたんだが、イエスが静まれと言ったら、嵐が止んだそうだ」
「嵐のなかで漁をしていたらイエスが現れて、言われたように網を打ったら大漁になったそうだ」
イエスが現れて、嵐から助けられたという話に変形して行ったのでしょう。

これはおそらく最初期の出来事で、ガリラヤ湖周辺地域で広まったのかなと想像します。

ペテロは、すぐにエルサレムへ行ったのでしょうか。
そうだとしても、自分の見たものを確かめたくて、かつて共にイエスに弟子入りした仲間と接触したかも知れません。
イエスが復活したと言っても、ほんの一時のことです。幻のように消えてしまっています。
ペテロは復活の意味を考えたかも知れない。
福音書には曖昧にしか記されていませんが、イエスの最初期の宣教はかなり終末論的であったと推測されています。終末はすぐにおとずれる。神の国は近い。
ペテロはイエスの教えを守って、夜中に祈ったのではないかと想像します。
神は夜中に泥棒のように突然やってくる…だから、目を覚まして夜中に祈って、不意に神が来ても大丈夫なように構えておくわけです。

ペテロと、ヤコブとヨハネは山に上り、夜中に祈っていたのではないでしょうか。
そして、光輝くイエスのイメージを見たのではないかと思います。

 【マルコ 9:2-3】
 六日の後、イエスは、ただペテロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。
 ところが、彼らの目の前でイエスの姿が変り、その衣は真白く輝き、
 どんな布さらしでも、それほどに白くすることはできないくらいになった。

「これはわたしの愛する子である。これに聞け」
もしくは、
「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」
という声も聞いたのではないかなと。
この伝承は、イエスを神的に描こうとするなかで、死後の伝承から、生前の出来事に移し変えられたという説があります。
なるほどなと思います。

ペテロとヤコブ、ヨハネが、復活したイエスを見たと語りだすと、その話を聞いて群集がやってきたのではないかと思います。
そして、数日荒野で過ごしたのではないかなと。夜中までみんなで祈っていたのではないかと。
そうして、みんなの前で再現してみようと思うのは、ありそうな話でしょう。

僕はこの出来事が伝えられる間に、二つの伝承に枝分かれしたのではないかなと想像してます。
ひとつは五旬節の出来事。120人ほどの人々の前にイエスが現れたというもの。
おそらく同じ話をパウロも知っていて「そののち、五百人以上の兄弟たちに、同時に現れた」(1コリ15:6)と言ってます。

もうひとつ枝分かれしたものが「三千人の共食」かなと。
イエスの死後の出来事なのに生前に移された伝承なのかも知れないな…と思ってます。

「三千人の共食」の話は奇妙な話です。
微妙に何の話なのか分からない。
パンは「教え」の象徴であるという説明を聞いたことがありますが、それだとイエスは「教え」を持ってなかったので弟子に買いに行かせようとしたことになります。それだと変でしょう。

聖餐の起源となった伝承ではないかという説がありますが、そうなんでしょうか。ぼくは聖餐の起源の話ではないと思います。
僕は元来はパンの話ではなかったのではないかと想像してます。
元来は、「イエスが現れた」という話だったのではないかなと。
祈りのなかで「イエスが現れた」ので、自分たちはイエスを見た。だから、自分たちも教会の一員だと主張した人々がいたのではないかなと思います。
それに対してエルサレム教会は、「聖餐を行なってなければ会員と見なさない」などの判断を出したのかな。
すると三千人は「聖餐を行なった」と主張した。
それに対してまた「そんなにパンはなかった」と使徒たちが否定していたのではないかと思います。
すると三千人は「イエスが奇跡によってパンを増やしたのだ」と、奇跡によって自己の正統性を弁護したのではないかなと。

 【マルコ 8:17-19】
 イエスはそれと知って、彼らに言われた、
 「なぜ、パンがないからだと論じ合っているのか。まだわからないのか、悟らないのか。
 あなたがたの心は鈍くなっているのか。目があっても見えないのか。耳があっても聞えないのか。まだ思い出さないのか。
 五つのパンをさいて五千人に分けたとき、拾い集めたパンくずは、幾つのかごになったか」。

「エリシャによるパン施し」(列王紀下4:42-4:44)を原型にして奇跡伝承になったのかなと。
使徒が「パンがなかった」と言うのに対して「いや、むしろ余ったじゃないか」と反論しているのかなと。
でも、これは奇跡が実際にあったかどうかというよりは、意見の合わなくなった地方教会を切り捨てようとする閉鎖的なエルサレム教会に対する批判なのかなと。

このとき、イエスが奇跡行為者であることが前提されてます。
「三千人の共食」の伝承では、パンを増やす奇跡によって人々は「飢え」から救われる。
しかし、Q資料では、石をパンに変える奇跡を拒否する話が出てきます。さらに、

 【マタイ 11:21】
 わざわいだ、コラジンよ。わざわいだ、ベツサイダよ。
 おまえたちのうちでなされた力あるわざが、もしツロとシドンでなされたなら、
 彼らはとうの昔に、荒布をまとい灰をかぶって、悔い改めたであろう。

このQ資料の言い方からすると「奇跡があっても悔い改めていないのだから、君たちは裁きを受けるんだよ」と辛らつな見解ですね。
ベツサイダの人々は、ペテロの最初期の宣教の影響を受けた人々だと思うのですが、どこかの段階でペテロはエルサレムに移ってしまったようです。
エルサレムではイエスの母マリアが弟子たち(ヨハネ福音書記者)と生活していたようです。おそらく、イエスの弟ヤコブも一緒にいたのかなと思います。
120人ほどが一緒に祈ったりしていたと行伝に書かれていますが、このような集会ができるというのは、会堂のような施設を利用していて、そのためエルサレムに信徒のコミュニティが残っていたということなのかな。
ペテロはそこに合流し、かなり早くに復活のイエスを見たということが認められて(1コリ15:5)、指導者な地位についたようです。
五旬節の出来事から信徒が三千人ほど加わったことを報告しています。

 【使徒行伝 2:41】
 そこで、彼の勧めの言葉を受けいれた者たちは、バプテスマを受けたが、
 その日、仲間に加わったものが三千人ほどあった。

僕はこれが「三千人の共食」と関係ある人たちのことだと思っているということです。

ヨハネ福音書では、「三千人の共食」のなかの人々がイエスを王にしようとしていたと書いています(ヨハネ福6:15)。
この伝承のなかには、そういう政治的に不穏なトーンがあるということなのでしょう。
マルコ福音書のイエスは、裁判で「キリストであるか」と問われて「わたしがそうだ」と答える。おそらく、これは新しい王であるという意味で理解され、ローマに告発される根拠となったようです。
しかし、ほかの福音書ではこの点は曖昧になっています。
実際にイエスがどう答えたのかは分かりませんが、マルコが示している理解はどちらかというと政治的に危険だったのかなと思います。

エルサレムでは、弾圧があったためでしょうか。イエスが奇跡行為者であったという面は強調されない。
政治的な意味で王であるという主張も否定的である。
そういう面がQ資料のなかにあるのかなと想像してます。

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