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ヤコブ 3:9-10 神にかたどって造られた人間をのろっている

【口語訳】
3:9わたしたちは、この舌で父なる主をさんびし、また、その同じ舌で、神にかたどって造られた人間をのろっている。
3:10同じ口から、さんびとのろいとが出て来る。わたしの兄弟たちよ。このような事は、あるべきでない。

ἐν αὐτῇ εὐλογοῦμεν τὸν κύριον καὶ πατέρα
そこにおいて父なる主を賛美し、
καὶ ἐν αὐτῇ καταρώμεθα τοὺς ἀνθρώπους τοὺς καθ’ ὁμοίωσιν θεοῦ γεγονότας,
またそこにおいて神の似姿に創られた人を呪う、
ἐκ τοῦ αὐτοῦ στόματος ἐξέρχεται εὐλογία καὶ κατάρα.
同じ口から賛美と呪いが出る。
οὐ χρή, ἀδελφοί μου, ταῦτα οὗτως γίνεσθαι.
私の兄弟たちよ、このようなことがあるべきではない。


なぜ同じ口から賛美と呪いが出てはいけないのでしょう。ただ、呪いの言葉を発するなと言えば良さそうなものです。
なので、非信者からすると、この説明の仕方はピンと来ない。
ですが、このように説明であれば、「あの連中は罵るべきだ、なぜなら奴らは神の教えを曲げる神の敵だからだ」と熱くなってしまっている信徒を制することができます。
賛美と呪いが同じ口から出るようなことは、あるべきではない。
これでみんな罵倒しにくくなる。
それでも罵倒しようとする者には、あなたはご自身を舌を制することができる完全者だとでも思っているのか、と突っ込む。
「人の怒りは、神の義を全うするものではない」(ヤコブ 1:20)と突っ込むのも良いな。
これで頭に血がのぼっている信徒を落ち着かせる。

相手を神の敵であると設定して呪うことを正当化していたりすると、「悪口言っちゃ駄目だよ」と言っても聞かない。
怒りというものは、それが正当に思えるからこそ取り憑かれる。正しい怒りだと思っているからこそ、呪うべきではないというルールを破ってよいように思える。こういう正義感はバランスを失いやすい。
冷静に考えれば火急の問題でもなく、罵るほど大した問題でもないのに「○○だけは許せない」とムキになったりする。
「○○だけは…」という時に、モラルの偏りがあるんだよね。ほかは許しているんだから。
こういう人は自分を冷静に見つめるべきだ。「○○だけは許せない」と偏った正義を求める裏側には、自分の罪を逃れさせるための言い訳が隠れているものです。
偏った正義を求める人は、倒錯した欲望を批判からそらすために「○○だけは許せない」などと言ってる…ように僕には見えることがよくあります。

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