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ヤコブ 3:5 舌は小さな器官ではあるが

οὗτως καὶ ἡ γλῶσσα μικρὸν μέλος ἐστὶν καὶ μεγάλα αὐχεῖ. Ἰδοῦ ἡλίκον πῦρ ἡλίκην ὕλην ἀνάπτει·

(口語訳) それと同じく、舌は小さな器官ではあるが、よく大言壮語する。見よ、ごく小さな火でも、非常に大きな森を燃やすではないか。

οὗτως / (このように) 副詞
καὶ / (また) 接続詞
ἡ / (冠詞) 冠詞 主格単数女性
γλῶσσα / (舌) 名詞 主格単数女性
μικρὸν / (小さい) 形容詞 主格単数中性
μέλος / (部分、体の部分) 名詞 主格単数中性
ἐστὶν / (ある) 動詞 現在能動直接 三人称単数
καὶ / (また) 接続詞
μεγάλα / (過度の、非常な) 
αὐχεῖ / (大言壮語する)  Ἰδοῦ / (見よ) 動詞 第二アオリスト中動命令 二人称単数
ἡλίκον / (いかに[大きいか]) 形容詞 主格単数女性
πῦρ / (火) 名詞 対格単数女性
ἡλίκην / (いかに[大きいか]) 形容詞 対格単数女性
ὕλην / (森) 名詞 対格単数女性
ἀνάπτει / (火をおこす) 動詞 現在能動直接 三人称単数

「οὗτως καὶ 」は「このようにまた」
「ἡ γλῶσσα μικρὸν μέλος ἐστὶν」で「舌は小さな部分である」
「καὶ μεγάλα αὐχεῖ」は、「また、大言壮語する」

「Ἰδοῦ」は、前節にも出てきました。
「εἴδω 見た」の第二アオリストの形「εἶδον 見た」の中動・命令の形です。
頭の加音をはずして、語尾を中動層の命令法の「οῦ」にしたもの。
前節では重アクセントにして間投詞として使われていましたが、ここでは曲アクセントのままですね。

「ἡλίκον πῦρ ἡλίκην ὕλην ἀνάπτει」は、「いかなる火が、いかなる森を焼くか」という感じでしょうか。
いかに小さな火が、いかに大きな森を焼きつくしてしまうか、というニュアンスかなと。

ということで、全体の訳としては、
「このようにまた、舌は小さな部分であるが大言壮語する。見よ、いかなる火が、いかなる森を焼くかを」
という感じでしょうかね。

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