« ハナ・アーレント『全体主義の起原 3』を読んだ | トップページ | ヤコブ3:2 全身をも制御することのできる完全な人である »

ヤコブ 3:1 もっときびしいさばきを受ける

Μὴ πολλοὶ διδάσκαλοι γίνεσθε, ἀδελφοί μου, εἰδότες ὅτι μεῖζον κρίμα λημψόμεθα.

(口語訳) わたしの兄弟たちよ。あなたがたのうち多くの者は、教師にならないがよい。わたしたち教師が、他の人たちよりも、もっときびしいさばきを受けることが、よくわかっているからである。

Μὴ / (否定辞) 
πολλοὶ /πολύς, πολλή, πολύ (多くの者たち) 形容詞 主格複数男性
διδάσκαλοι /διδάσκαλος, ου, ὁ (教師) 名詞 主格複数男性
γίνεσθε /γίνομαι (~になる) 動詞 現在中動命令 二人称複数
ἀδελφοί /ἀδελφός, οῦ, ὁ (兄弟) 名詞 呼格複数男性
μου /μοῦ (私の) 人称代名詞 一人称所有格属格単数
εἰδότες /οἶδα (知っている) 動詞 完了能動分詞 主格複数男性
ὅτι /ὅτι (接続詞) 
μεῖζον /μέγας, μεγάλη, μέγα (大きな) 形容詞 対格単数中性
κρίμα /κρίμα, ατος, τό (裁き) 名詞 対格単数中性
λημψόμεθα /λαμβάνω (受ける) 動詞 未来中動直接 一人称複数

「Μὴ」ってのは「~ない」と否定するときにつけるものですね。否定する単語の前につけます。
ここでは「πολλοὶ」が形容詞で「多い」の前ですね。「大勢が教師になるな」というような意味です。
Strong's を見ると「Original Word: πολύς, πολλή, πολύ」と書いてる。どういうこっちゃ。
どうも「πολύς, πολλή, πολύ」ってのは男性、女性、中性でそれぞれ変化形が違うんですね。それぞれの主格単数が並べて書いていたんですね。
ウィキペディアの「Ancient Greek grammar (tables)」を見ると、下記のような表がありました。

<>

πολύς, πολλή, πολὺ (st. πολυ-, πολλο-)
男性 女性 中性
単数 複数 単数 複数 単数 複数
Nominative πολὺς πολλοὶ πολλὴ πολλαὶ πολὺ πολλὰ
Genitive πολλοῦ πολλῶν πολλῆς πολλῶν πολλοῦ πολλῶν
Dative πολλῷ πολλοῖς πολλῇ πολλαῖς πολλῷ πολλοῖς
Accusative πολὺν πολλοὺς πολλὴν πολλὰς πολὺ πολλὰ
Vocative πολὺ πολλοὶ πολλὴ πολλαὶ πολὺ πολλὰ

「πολλ-οὶ」語尾が「-οὶ」なので男性の主格複数ですね。

οἶδα の分詞は男性女性中性はそれぞれ εἰδώς, εἰδυῖᾰ, εἰδός です。
語尾が -ώς, -υῖᾰ, -ός と変化する分詞は、λελοιπώς同じような変化をするようです。
変化の仕方は第三変化名詞と同じです。εἰδώς だと主格複数形男性は εἰδότες になる。
うーむ。分詞の変化は調べ方自体が分かりにくいなぁ。
分詞については、このサイトが分かりやすいです(http://classicalgreek.web.fc2.com/greek1332/poz15.3.html)。

意味としては εἰδότες は「知っているので」とか「知っているのに」などですね。
μεῖζον κρίμα  「より大きな裁きを」
λημψόμεθα 「(我々は)受けるだろう」

訳としては
「多くのものが教師になるな、私の兄弟たちよ、私たち(教師)がより大きな裁きを受けることを知っているのだから」
という感じですね。

↓ランキング参加します。クリックお願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村

|

« ハナ・アーレント『全体主義の起原 3』を読んだ | トップページ | ヤコブ3:2 全身をも制御することのできる完全な人である »

新約聖書 ヤコブの手紙 ギリシャ語」カテゴリの記事

ヤコブの手紙 3:1~」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ヤコブ 3:1 もっときびしいさばきを受ける:

« ハナ・アーレント『全体主義の起原 3』を読んだ | トップページ | ヤコブ3:2 全身をも制御することのできる完全な人である »