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ヤコブ 2:26 行いのない信仰も死んだもの

ὥσπερ τὸ σῶμα χωρὶς πνεύματος νεκρόν ἐστιν, οὕτως καὶ ἡ πίστις χωρὶς ἔργων νεκρά ἐστιν.

(口語訳) 霊魂のないからだが死んだものであると同様に、行いのない信仰も死んだものなのである。

ὥσπερ /ὥσπερ (~だけ) 副詞
τὸ /ὁ (冠詞) 冠詞 主格単数中性
σῶμα /σῶμα (肉体) 名詞 主格単数中性
χωρὶς /χωρίς (~なしに) 副詞
πνεύματος /πνεῦμα (霊) 名詞 属格単数中性
νεκρόν /νεκρός (死) 形容詞 主格単数中性
ἐστιν /εἰμί (~である) 動詞 現在能動直接法 三人称単数
οὕτως /οὕτως (このように) 副詞
καὶ /καί (また) 接続詞
ἡ /ὁ (冠詞) 冠詞 主格単数女性
πίστις /πίστις (信仰) 名詞 主格単数女性
χωρὶς /χωρίς (~なしに) 副詞
ἔργων /ἔργον (行い) 名詞 属格複数中性
νεκρά /νεκρός (死) 形容詞 主格単数女性
ἐστιν /εἰμί (~である) 動詞 現在能動直接法 三人称単数

訳としては
「霊のない肉体だけでは死んでいる、同じように信仰も行いなしには死んでいる」
という感じです。

ヤコブ書を象徴する一節ですね。
肉体だけあっても生命活動がないと死体と同じだと。信仰も、活動がなければ死んだものなのだと説明するあたりは、ヤコブさんはなかなかな論客です。

これに対立する命題はパウロの神学ですね。

(ローマ 3:28)
わたしたちは、こう思う。人が義とされるのは、律法の行いによるのではなく、信仰によるのである。

パウロの場合は、律法を行ったからと言って、その功績を誇ることはできない、というものですね。
ヤコブの場合は、信仰しているというだけでは、その信仰は死んでいる。行いを伴わせなければならないというもの。


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