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雑感 異端

まだ途中だけどエウセビオスの「教会史」を読んでます。
キリスト教の権威を証明しようとした強引な論証が多くて、そこは苦手なので読み飛ばしてます。
新約文献に関連した伝承が色々載っていて面白い。
でも、数百年経っているのでかなりのところ疑わしいのかなと思う。ニコラオ派の記載とか、ありそうな気もするけど、そういう事態を背景にヨハネの黙示録が書かれているのかというとちょっと違うような。逆にヨハネの黙示録の記載から想像してつくられた伝承のような印象をうけたりする。
エビオン派について侮蔑的な論調なのが印象に残る。エビオン派については他の文書も残っているのだろうか。異端論駁あたりかな。
エビオン派自体が古いかどうか知らないけど、たぶん原始教会の発端のところはエビオン派に近い一派なんじゃないかな(初代の教会がエビオン人と呼んだと書いているので、その当時から居たのでしょうけど)。エビオン派はマリアの処女懐胎を否定している。そういう一派がはじめにいて、それから彼らと交流があったヘレニストとの間にイエスの神性を重視する一派が生じたと考えるのが妥当なように思えるので、エビオン派がどういう位置づけにあったのかちょっと気になる。
古い一派が新しい神学に駆逐され、やがて異端として侮蔑されてゆく。
エビオンは「貧しい」という意味ですね。貧しい人々が、じわじわと異端にされてゆき、侮蔑されてゆくわけです。それは彼らの神学が誤っているからだ、と教会のなかでは説明されるのでしょうけど。
ある一派が「正統」を主張しはじめ、一方の派は異端とされる。それが貧富の差のような形にはまると、貧しい人々が信じていたものは取り上げられ、侮辱されるようになる。そうして、敬虔さの表れであった貧しさは、軽蔑されるべき特徴に変わってしまう。
「薔薇の名前」でもそのようなことが語られていた。異端というのは思想によって生まれたものではない。はじめからそこにいた貧しい人たち、はじき出された人たちが救いを求めた運動なのだと。
そうやって救いを求めた人々がいて、でも結局解決しなくて、トカゲのしっぽを切るように切り捨てられたところ。それが異端される部分なんでしょう。

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