« ヤコブ 2:24 人が義とされるのは、行いによる | トップページ | 丸山眞男についての番組 »

WE ARE THE WORLD 和訳歌詞

WE ARE THE WORLD の歌詞/翻訳

there comes a time when we heed a certain call
あの呼びかけに僕らが耳を傾ける時がやって来た
when the world must come together as one
世界が一つとなって協力しなければならない時なんだ
there are people dying
死にゆく人々がいる
and it's time to lend a hand to life
手を貸す時なのだ 命のために
the greatest gift of all
(命は)万人にとって最も偉大な贈物
we can't go on pretending day by day
僕らは偽りの日々を続けることはできない
that someone, somewhere will soon make a change
誰かが、どこかでそのうち変えてくれるだろうなんて
we are all a part of god's great big family
僕らはみな神の壮大な大家族の一員だ
and the truth, you know,
そして真実は、分かっているでしょう
love is all we need
僕らに必要なものは愛だけです

CHORUS:
we are the world, we are the children
僕らは世界であり、僕らは子供だ
we are the ones who make a brighter day
僕らはさらに明るい日を作るのさ
so let's start giving
だから、さぁ与えることを始めましょう
there's a choice we're making
選択肢はある、僕らが為しているものだ
we're saving our own lives
僕らは自分自身の命を救っているのさ
it's true we'll make a better day
本当さ、よりよい日を作るんだ
just you and me
君と僕だけで

send them your heart so they'll know that someone cares
彼らにあなたの心を贈りましょう 彼らを気にかけている人がいるのだと知ってもらうように
and their lives will be stronger and free
そして彼らの人生がより強く、また自由になるように
as god has shown us by turning stones bread
神が石をパンに変えることで示したように
so we all must lend a helping hand
僕らはみんな救いの手を差し伸べなければならない

when you're down and out, there seems no hope at all
君が落ちぶれ果てて、希望がまるで見出せない時
but if you just believe there's no way we can fall
でも、落ちるわけはないともし信じるならば
let us realize that a change can only come when we stand together as one
確かめよう 僕らが一つとなって共に立つ時にだけ変化は訪れるのだと

上記の僕の英語力は酷いモノなので、訳は信用しないように。
ネット上にある訳文はかなり意訳されていて、歌詞について疑問に思うところを説明しにくいので訳してみました。

WE ARE THE WORLD の歌詞って読むとイマイチ理解できないところがあります。
とくにこのタイトル部分の「WE ARE THE WORLD 僕らは世界である」という意味が分からない。

歌詞を見ると、チョコチョコ聖書を踏襲して書いているみたいな部分もあるけど、でも、聖書を知っていると奇妙な歌詞だと気付きます。
「as god has shown us by turning stones bread 神が石をパンに変えることで示したように」というところなんか、真逆のことを言ってます。
福音書のなかのイエスはサタンから石をパンに変えてみろと挑発されますが、これを拒否します(マタイ 4章)。

さらに悪魔は高い神殿の縁にイエスを立たせて、飛び降りてみろと挑発します。飛んでも天使が助けてくれるのだから、そうやって神の子であることを証明して見よというわけです。ところがイエスは「神を試みてはならない」と言ってこれも拒否します。
たぶん、神を試みるような真似をする者は天使の助けを得られず落っこちてしまうのだ、ということでしょう。
これがまた「but if you just believe there's no way we can fall でも、落ちるわけはないともし信じるならば」という歌詞はこれを逆に解釈しているとみるのは読み込み過ぎでしょうか。
無一文になって希望を失っていても、落ちることはないと信じて進みなさい、みんなが希望を信じて進むことで変化が訪れるのだから…という感じの歌詞になってます。
福音書の書き方は、落ちることがないと信じていても進んではいけないのだ、というものでしょう。だから、逆だと思うんです(「落ちない」という意味はなく、「倒れない」と言ってるだけかも知れませんが)。

あと、タイトルである「WE ARE THE WORLD 僕らは世界である」は、ヨハネ福音書の真逆のことを言ってます。
ヨハネ福音書の1章を読むと、「世」は神の言葉を認めない存在であると描かれています。
そしてイエスは世のものではなく、弟子たちも世の者ではないと言ってます(ヨハネ 17:14)。
これは、イエスの存在の本当の意義を認めることができるのは、世には属していない霊的な次元に属している人々だけであり、本質的にこの世の汚れた世界に属している者はイエスの価値を理解することができないのだ…という神学が背景にあります。
善と悪のように相反する二つの次元、「霊的な次元」と「世的な次元」の二元論をヨハネ福音書は神学の柱にしています。
だから本質的に世は悪であり、真実は「世」には理解できないのだという説明がなされます。
さて、そうなると「WE ARE THE WORLD 僕らは世界である」という歌詞は、やっぱりヨハネ福音書の真逆のことを言っているでしょう。

なので、たぶん「WE ARE THE WORLD」の歌詞は、新約聖書の真逆のことが書かれています。
でも、真逆を書いているのに、こちらの歌詞の方が素直な印象を与えるというのが面白いところです。
新約聖書の記述の方がちょっとひねくれているのであって、石をパンに変えられるなら変えたいし、落下しないで空中を歩けるなら不思議な力をそれこそ分かりやすく証明できることを意味するし、「世」の万人に理解されたいのが本心なのだと思います。

そういう神学的な価値ばかり求めるのではなく、いったん素直な価値観に戻した歌詞になっているみたい。
「世」のことなんて俺には関係ないよ、というのではなく、「世」に属する人間として、人間が生きるうえで必要なものを分かち合いましょうという歌詞になっているようです。

↓ランキング参加します。クリックお願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村

|

« ヤコブ 2:24 人が義とされるのは、行いによる | トップページ | 丸山眞男についての番組 »

趣味」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: WE ARE THE WORLD 和訳歌詞:

« ヤコブ 2:24 人が義とされるのは、行いによる | トップページ | 丸山眞男についての番組 »