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ヤコブ 2:23 神の友

καὶ ἐπληρώθη ἡ γραφὴ ἡ λέγουσα Ἐπίστευσεν δὲ Ἀβραὰμ τῷ θεῷ καὶ ἐλογίσθη αὐτῷ εἰς δικαιοσύνην καὶ φίλος θεοῦ ἐκλήθη.

(口語訳) こうして、「アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められた」という聖書の言葉が成就し、そして、彼は「神の友」と唱えられたのである。

καὶ /καί (そして、また) 接続詞
ἐπληρώθη /πληρόω (完遂する、成就する) 動詞 アオリスト受動直接 三人称単数
ἡ /ὁ (冠詞) 冠詞 主格単数女性
γραφὴ /γραφή (聖書) 名詞 主格単数女性
ἡ /ὁ (冠詞) 冠詞 主格単数女性
λέγουσα /λέγω (言う) 動詞 現在能動分詞 主格単数女性
Ἐπίστευσεν /πιστεύω (信じる) 動詞 アオリスト能動直接法 三人称単数
δὲ /δέ (しかし) 接続詞
Ἀβραὰμ /Ἀβραάμ (アブラハム) 名詞 
τῷ /ὁ (冠詞) 冠詞 与格単数男性
θεῷ /θεός (神) 名詞 与格単数男性
καὶ /καί (そして、また) 接続詞
ἐλογίσθη /λογίζομαι (考える、みなす) 動詞 アオリスト受動直接法 三人称単数
αὐτῷ /αὐτός (彼) 人称代名詞 与格単数男性
εἰς /εἰς (~について、~に対して) 前置詞
δικαιοσύνην /δικαιοσύνη (正しさ、義) 名詞 対格単数女性
καὶ /καί (そして、また) 接続詞
φίλος /φίλος (友、親愛なる) 形容詞 主格単数男性
θεοῦ /θεός (神) 名詞 与格単数男性
ἐκλήθη /καλέω (呼ぶ) 動詞 アオリスト受動直接法 三人称単数


「λέγουσα」のところが結構むずかしい。

まずは、順番に訳していきましょう。
「ἐπληρώθη 成就する」という動詞は、アオリスト受動三人称です。
ἐ-πληρώ-θη と分解できます。
「ἐ-」の加音は二次時称(過去)につきます。さらに「-θη」の語尾がついてアオリスト受動三人称であることが分かります。
「(それは)成就された」というような意味になります。

「γραφὴ」は聖書のことです。女性名詞なので冠詞は「 ἡ 」になります。
「ἐπληρώθη ἡ γραφὴ」で、「聖書は成就された」とか「聖書は全うされた」というような意味です。

「λέγουσα」は「言う」という動詞の現在能動分詞。
分解すると「λέγ - ουσα」に分かれます。「-ουσα」というのは女性・単数・主格の現在分詞の語尾です。
この分詞は、形容詞のように性・数・格を一致させた名詞にかかります。
ここでは「聖書」という語と性・数・格が一致しています。
「…と言う聖書」という形でかかっています。


次は「Ἐπίστευσεν δὲ Ἀβραὰμ τῷ θεῷ」のところです。
「Ἐπίστευσεν 信じた」という動詞は、アオリスト能動三人称です。
Ἐ-πίστευ-σεν に分解できます。
「Ἐ-」の加音は二次時称を示しています。さらに「-σεν」という語尾を加えてアオリスト能動三人称であることを表わしています。
元にあるのは「πιστεύω 信じる 信頼する」という語です。
信頼をおく対象は、与格の語「τῷ θεῷ 神に」にかかります。「神に信頼をおく」という感じの表現ですね。
「Ἐπίστευσεν δὲ Ἀβραὰμ τῷ θεῷ」は、「アブラハムは神に信頼をおいた」とか「アブラハムは神を信じた」と訳されます。
「 δὲ 」は「しかし」というような接続詞ですが、ここでは主語が変わったことを表しているのだと思います。


続いて「καὶ ἐλογίσθη αὐτῷ εἰς δικαιοσύνην 」のところです。
「ἐλογίσθη 考える、みなす」という動詞。これまたアオリスト受動三人称です。
ἐ-λογίσ-θη と分解すると、さきほどと同じように「ἐ-」の加音と「-θη」の語尾が確認できます。
λογίζομαι という語が元にあります。元の意味は「数える、算入する」というようなものです。
「αὐτῷ  彼に(対して)」という語と、「εἰς δικαιοσύνην  義へ」という語があります。
まとめると「καὶ ἐλογίσθη αὐτῷ εἰς δικαιοσύνην  そして彼に対して義へと数えられた(認められた)」というような意味になります。

ここまでを組み合わせると、
「ἐπληρώθη ἡ γραφὴ ἡ λέγουσα Ἐπίστευσεν δὲ Ἀβραὰμ τῷ θεῷ καὶ ἐλογίσθη αὐτῷ εἰς δικαιοσύνην 」
『「アブラハムは信じた。それは彼に対して義へと数えられた」と言う聖書が成就した』
という感じでしょうか。

最後は「καὶ φίλος θεοῦ ἐκλήθη」のところです。
「φίλος θεοῦ」で「神の友」です。
「ἐκλήθη 呼ばれる」は「ἐ-κλή-θη」に分解できます。アオリスト受動三人称の語です。
「καλέω 呼ぶ」という語が原型です。
「καὶ φίλος θεοῦ ἐκλήθη そして神の友と呼ばれた」となります。

全体の訳文としては
『そして「アブラハムは信じ、彼に対して義へと数えられた」と言う聖書が成就した。そして神の友と呼ばれた』
という感じです。

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