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ヤコブ 2:20 行いを伴わない信仰のむなしいことを知りたいのか

θέλεις δὲ γνῶναι, ὦ ἄνθρωπε κενέ, ὅτι ἡ πίστις χωρὶς τῶν ἔργων ἀργή ἐστιν;

(口語訳) ああ、愚かな人よ。行いを伴わない信仰のむなしいことを知りたいのか。

θέλεις /θέλω (望む) 動詞 現在能動直説法 二人称単数
δὲ /δέ (しかし) 接続詞
γνῶναι /γινώσκω (気づく、知るようになる、分かる) 動詞 2アオリスト能動不定
ὦ /ὦ (間投詞) 
ἄνθρωπε /ἄνθρωπος (人) 名詞 呼格単数男性
κενέ /κενός (むなしい、愚かな) 形容詞 呼格単数男性
ὅτι /ὅτι (英語のthatに近い用法) 
ἡ /ὁ (冠詞) 冠詞 主格単数女性
πίστις /πίστις (信仰) 名詞 主格単数女性
χωρὶς /χωρίς (分かれて) 副詞
τῶν /ὁ (冠詞) 冠詞 所有格・属格 複数中性
ἔργων /ἔργον (行い) 名詞 所有格・属格 複数中性
ἀργή /ἀργός (働いていない) 形容詞 主格単数女性
ἐστιν /ἐστί (ある) 動詞 現在能動直説法 三人称単数

訳としては
「知りたいのか、あぁ愚かな人よ、信仰は行いと分かれて働かないと」
という感じでしょうか。

「ἔργων 行い」に否定の接頭辞 ἀ をつけて「ἀργή 働かない」という語になっています。
「働かない」という語は女性名詞にかかるので、「πίστις 信仰」にかかることが分かります。
「χωρὶς τῶν ἔργων 行いなしで」という表現の「行い」は中性属格なんだな。どうも違和感がありますが、属格で表現するんですね。

信仰は行いを伴って働くのだ、とヤコブさんは説明を始めます。
その根拠にする聖書箇所がパウロが「信仰のみ」を立証したところとまったく同じ箇所だというところがファイターなところです。
ヤコブさん、ここは正面突破していきます。
…問題はなぜヤコブさんはこのように行いを重視したのか。また、なぜこのような形で苦言を呈したのか、という点ですね。ヤコブさんにとっては教会が荒んでしまっていることが目にあまり、それは本来の協会のあり方ではないという問題意識がはっきりしていたのでしょうけど。もう一息細かいところまで事情がわかればなぁと感じるます。

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