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ヤコブ 2:17 信仰も、それと同様に、行いを伴わなければ、それだけでは死んだものである

οὕτως καὶ ἡ πίστις, ἐὰν μὴ ἔχῃ ἔργα, νεκρά ἐστιν καθ’ ἑαυτήν.

(口語訳) 信仰も、それと同様に、行いを伴わなければ、それだけでは死んだものである。

οὕτως /οὕτω (このように) 副詞
καὶ /καί (そして) 接続詞
ἡ /ὁ (冠詞) 冠詞 主格単数女性
πίστις /πίστις (信仰) 名詞 主格単数女性
ἐὰν /ἐάν (もし) 条件文
μὴ /μή (~ない) 
ἔχῃ /ἔχω (伴う) 動詞 現在能動接続法 三人称単数
ἔργα /ἔργον (行い) 名詞 対格複数中性
νεκρά /νεκρός (死) 形容詞 主格単数女性
ἐστιν /ἐστί (~である) 動詞 現在能動直接法 三人称単数
καθ’ /κατά (~について) 前置詞
ἑαυτήν /ἑαυτοῦ (それ自身) 関係代名詞 三人称対格単数女性

訳としては
「このように信仰も行いを伴わなければ、それ自身では死んでいる」
という感じでしょうか。

καθ’ ἑαυτήν が訳しにくい感じです。
口語訳は「それだけでは」と訳してますね。
英語の「by itself」(それだけで)のような表現に近いのかな。

パウロ神学を批判しているところですね。
「信仰のみ」ではなく、行いを伴っていなければならない。

ヤコブは憐れみを行なえとしています。
パウロが行いを拒否しているのは、割礼などの律法の行い。
この行いは別のことをそれぞれさしていると、区別することでヤコブとパウロの帳尻を合わせようとするよりも、単純にヤコブさんは律法を守ることをよい事と考えていると解した方が素直でしょう。

なぜヤコブさんはパウロ神学をこのような形で批判的に捉えたか…ということですね。

先日、荒井 献 編集の「使徒教父文書」を読みました。
そのなかで第一クレメンスが、ヤコブの手紙に随分と似ています。
クレメンスは律法遵守を謳っており、行いを重んじています。言い回しも随分似ている。
ヤコブの手紙だと簡潔すぎて主旨がつかみにくいのですが、言い回しの理解のためにクレメンスの方も今後参照するかも。

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