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ヤコブ 2:14 もし行いがなかったら、なんの役に立つか

Τί ὄφελος, ἀδελφοί μου, ἐὰν πίστιν λέγῃ τις ἔχειν ἔργα δὲ μὴ ἔχη; μὴ δύναται ἡ πίστις σῶσαι αὐτόν;

(口語訳) わたしの兄弟たちよ。ある人が自分には信仰があると称していても、もし行いがなかったら、なんの役に立つか。その信仰は彼を救うことができるか。

Τί (何) 不定代名詞 主格単数中性
ὄφελος (利益) 名詞 主格単数中性
ἀδελφοί (兄弟たち) 名詞 呼格複数男性
μου (私の) 人称代名詞 一人称所有格属格
ἐὰν (もし…なら) 条件文
πίστιν (信仰) 名詞 対格単数女性
λέγῃ (言う) 動詞 現在能動接続法 三人称単数
τις (誰か) 不定代名詞 主格単数男性
ἔχειν (持つこと) 動詞 現在能動分詞
ἔργα (行いを) 名詞 対格複数中性
δὲ (しかし) 接続詞
μὴ (~ない)
ἔχη (持つ) 動詞 現在能動接続法 三人称単数
μὴ (~ない)
δύναται (~できる) 動詞 現在中動直接法 三人称単数
ἡ (冠詞) 冠詞 主格単数女性
πίστις (信仰) 名詞 主格単数女性
σῶσαι (救うこと) 動詞 アオリスト能動直接法
αὐτόν (彼を) 代名詞 対格単数男性


Τί ὄφελος,  ἀδελφοί μου,
何の益が?   私の兄弟たちよ
ἐὰν πίστιν λέγῃ τις ἔχειν   ἔργα δὲ μὴ ἔχη;
もしある者が信仰を持っているが  行いを持たないと言ったなら?
μὴ δύναται ἡ πίστις σῶσαι αὐτόν;
その信仰は彼を救えないではないか?


相手が「信仰だけ」で人が義とされると論じており、それをヤコブさんが批判してるようです(2:24)。
信仰しているのは結構だが、隣人を愛さずえこひいきし、具体的に何も行なわず、「信仰だけ」していて何の役にたつ? …という問いですね。
兄弟が飢えて凍えているのを放置して、救われると思っているのか? という調子で続きます。


ヤコブの手紙の4章を見ると、ヤコブは教会内に争いをしずめようとしているようです。
「信仰だけ」と主張している人々はおおそらく、
「律法をそしり、律法をさばくやから」(4:11)
「隣り人をさばくあなたは、いったい、何者であるか」(4:12)
と批判されています。
「律法をそしり、律法をさばく…」は譬えとも理解できますが、この譬え方はそう思いつくものでもないですし、実態としてそのような言動をしていたのでしょう。
富んだ人々への批判もワンセットになっており、えこひいきの譬えもある程度の金持ちの存在を前提しています。印象では「信仰だけ」と主張する人たちもそこそこ裕福な人たちであるように思えます。
裕福な人たちをありがたがっている「貧乏人」を問題にしているわけではないでしょう。裕福な人たちが驕って貧乏人を軽んじていることを問題にしているわけです。

言い争っている内容は、たぶん「律法なんぞ守んなくていいんだよ」という異邦人信徒と、「律法は重んじられるべきだ」というユダヤ系キリスト教徒との間に生じている印象です。
律法を守ろうとすると商売に差し支えるところもあったのでしょう。
そこから生じた貧富の差と、律法への神学の問題がリンクしている気がします。

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