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2010年6月

ヤコブ 2:12 自由の律法

οὕτως λαλεῖτε καὶ οὕτως ποιεῖτε ὡς διὰ νόμου ἐλευθερίας μέλλοντες κρίνεσθαι.

(口語訳) だから、自由の律法によってさばかるべき者らしく語り、かつ行いなさい。

οὕτως /οὕτω (こうして、このように) 副詞
λαλεῖτε /λαλέω (語る) 動詞 現在能動命令 二人称複数
καὶ /καί (そして) 接続詞
οὕτως /οὕτω (こうして、このように) 副詞
ποιεῖτε /ποιέω (行う) 動詞 現在能動命令 二人称複数
ὡς /ὡς (~のように) 副詞
διὰ /διά (~によって) 前置詞
νόμου /νόμος (律法) 名詞 所有格属格単数男性
ἐλευθερίας /ἐλευθερία (自由) 名詞 所有格属格単数男性
μέλλοντες /μέλλω (まさに~しようとする) 動詞 現在能動分詞 主格複数男性
κρίνεσθαι /κρίνω (裁く) 動詞 現在受動不定詞


訳としては
「自由の律法を通してまさに裁かれんとする者として、そのように語り、そのように行いなさい」
という感じでしょうか。

口語訳だと「さばかるべき」という風に「べき」と訳してますね。
うーむ。そういう意味なのでしょうか。
裁かれるべきかどうかと言っても、ヤコブさんとしてはみんな裁かれるに決まっているのであって、裁かれない者が他にいるかのような意味で特別に「さばかるべき者」というわけではないような。
「μέλλω まさに~しようとする」そのままの意味で解していいような気がします。
今はまだ終末は来ていないけど、今まさに裁かれんとしている者のように振るまえということでしょう。

この書簡は後半調子が上がってくると、ヤコブの論調は、今まさに神が裁きを下しているようなトーンになってきます。

あと、なぜここで「自由の律法」と言ったのかですね。
裁かれる話をしている時に、まさに「自由」であるというのだから、結構逆説的です。
まぁたぶん、相手にとって自由ということが重要であったということかなと思います。そしてそれは自分にとっても重要であるのでここで神による裁きというものが自由を本当に実現するものであると確認したかったのかも。
何か厳格な…重荷になるようなものではなく、現実の世の中の様々な不自由を取り除いて解放してくれるようなものなのだと。
まぁ、律法が実際そういう存在であるかどうかはともかくとしても。
たぶん、与えられた律法によって裁かれることによって、神の裁きに与るという感じのニュアンスなのかなと。
裁かれるという認識によって、神が神として現れるときに備えているという感じか。
ヤコブ 2:1で「我らの主イエス・キリストの栄光」と祈っている様子が描かれますが、つまり、キリストが栄光をもって現れる瞬間というのは、つまり終末の裁きの到来を意味するのでしょう。そのように祈るのならば、終末の裁きの前にあるか者として振る舞っているべきだと。
その裁きによって自由を得ることができるのは、つまり「隣人を愛する」という律法を通してなのだ、ということでしょうかね。
この補足説明が、次の「あわれみを行わなかった者に対しては、仮借のないさばきが下される」という説明につながってくのかな。

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ヤコブ 2:11 たとい姦淫はしなくても

ὁ γὰρ εἰπών, Μὴ μοιχεύσῃς, εἶπεν καὶ, Μὴ φονεύσῃς· εἰ δὲ οὐ μοιχεύεις φονεύεις δὲ, γέγονας παραβάτης νόμου.

(口語訳) たとえば、「姦淫するな」と言われたかたは、また「殺すな」とも仰せになった。そこで、たとい姦淫はしなくても、人殺しをすれば、律法の違反者になったことになる。

ὁ /ὁ (冠詞) 
γὰρ /γάρ (接続詞) 
εἰπών /εἶπον (言う) 動詞 アオリスト能動分詞 主格単数男性
Μὴ /μή (~ない) 
μοιχεύσῃς /μοιχεύω (姦淫する) 動詞 アオリスト能動接続法 二人称単数
εἶπεν /εἶπον (言う) 動詞 アオリスト能動直接法 三人称単数
καὶ /καί (そして) 接続詞
Μὴ /μή (~ない) 
φονεύσῃς /φονεύω (殺す) 動詞 アオリスト能動接続法 二人称単数
εἰ /εἰ (条件文 もし) 
δὲ /δέ (しかし) 接続詞
οὐ /οὐ (~ない) 
μοιχεύεις /μοιχεύω (姦淫する) 動詞 現在能動直接 二人称単数
φονεύεις /φονεύω (殺す) 動詞 現在能動直接 二人称単数
δὲ /δέ (しかし) 接続詞
γέγονας /γίνομαι (~になる) 動詞 完了能動直接 二人称単数
παραβάτης /παραβάτης (違反者) 名詞 主格単数男性
νόμου /νόμος (法) 名詞 所有格属格 単数男性

訳としては、
『なぜなら「あなたは姦淫しないだろう」と言った方は、「あなたは殺さないだろう」とも言ったからである。
しかしもしあなたが姦淫しなくとも殺すならば、律法の違反者になってしまった』
という感じでしょうか。

口語訳が「姦淫するな」「殺すな」と命令形に訳してますが、この動詞は接続法ですので「~しないだろう」ぐらいの意味かと思います。
たぶんヘブライ語の表現をそのままギリシャ語に置き換えているだけでしょうから、「姦淫するな」という訳でいいのだと思います。

譬え方として、「姦淫しなくても人殺しをすれば…」という表現はどうでしょう。
イメージ的には逆の順番にしそうです。
つまり「人殺しをしなくとも姦淫をすれば…」という言い方をしそうです。
「大きな罪を犯さなくても、小さな罪を犯しただけで…」という構文で語りそうではないですか。

当時の社会は姦淫も重罪だったので、そこに罪の大小はないのかも知れませんが、やはり質の違いはあるでしょう。
ヨハネ福音書8章の姦淫の女の罪を赦す話が受けるのは、姦淫の罪は石で打ち殺されるのは残酷過ぎるなと感じているから、この話が受けるわけですし。
姦淫の罪を石打で処刑することが残酷である、という認識は一般的な了解になってなかったとしても、ちょっとはみんな感じていたんじゃないかな。
現代でも何か罪を犯すと「自己責任」だのと言いつのって厳罰を求める人はいるけど、それでもなお人は厳罰化に不安を感じるものだと思う。人間の弱さを理解している人は、罪を犯した者に対しても人道的な処遇があってしかるべしと感じるものかなと思う。

ともかく、「姦淫しなくても人殺しをすれば」という言い方は、小さな罪を避けても大きな罪を犯したら…という構文に思えます。

「もし律法を完全に守っていたとしても、一点でも落ち度があれば違反者だ」と言いたいときに、
姦淫をしてなくても、人を殺していたら律法違反だ、と言うのは当たり前過ぎる話ではないでしょうか。
一点でも落ち度があったらダメだと言う時に、そんな分かりやすい最大級の犯罪を例にあげますかね。

この言い方が変であると感じるのは、つまり、2:10が「一点でも落ち度があればダメだ」と言ってるわけではないからでしょう。
どちらかというと2:10は「肝心な一点ができてないと意味ないじゃないか」と言っているのだと思います。
姦淫してないのはいいけど、人殺ししていたんではどうにもならないよ、ということ。
小さな一点でも落ち度があってはいけないと言っているのではなく、大きな一点で落ち度があるじゃないかと言う構文なのではないでしょうか。


「あなたの隣り人を愛せよ」という律法を行っているならば大したものだ。
でも、えこひいきして貧しい人を冷遇していたならば、他の律法は守ってましたなんて言い訳は通用しない。
一番肝心な一点が出来てないのは、姦淫してなくても、人殺ししていたら罪人であるのと同じことだ。
…という風に文脈がつながっているのだと思う。
小さな一点の落ち度も許されないというような、そんな厳格なことは言ってないと思う。
というか、犯した罪は祈りによって許される(ヤコブ 5:15)。

一点というのは、文脈からして「あなたの隣り人を愛せよ」であるわけだし。
あれもこれも全部絶対守れと言ってるわけではないでしょう。
…いや、しょっちゅうヤコブさんは「完全」とか言ってますか。
でも、でも、ヤコブさんが信徒たちが完全ではないと思っている点は、つまり「あなたの隣り人を愛せよ」という行いが足りてないということだし。
不完全さとして、知恵が欠けている(1:5)という話が出てきますが、それは祈れば与えてもらえるわけです。

ただ隣人への愛は、祈ってなさいと言ってるわけではない。
行いなさいと言っているわけです。

ヤコブさんはおそらく当時の教会を見て、それが欠けていると感じていたからでしょう。
おそらく相手は現実を見ないで、ただ神学的にものを考えていた人たちであったのかなと思います。
そして、このあたりからヤコブは相手の神学に批判を加えていくようです。

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ヤコブ 2:10 律法をことごとく守ったとしても

ὅστις γὰρ ὅλον τὸν νόμον τηρήσῃ πταίσῃ δεͅ ἐν ἑνί γέγονεν πάντων ἔνοχος.

(口語訳) なぜなら、律法をことごとく守ったとしても、その一つの点にでも落ち度があれば、全体を犯したことになるからである。

ὅστις /ὅστις (誰でも) 関係代名詞 主格単数男性
γὰρ /γάρ (なぜなら) 接続詞
ὅλον /ὅλος (全体を) 形容詞 対格単数男性
τὸν / (冠詞) 冠詞 対格単数男性
νόμον /νόμος (法律) 名詞 対格単数男性
τηρήσῃ /τηρέω (守る) 動詞 アオリスト能動接続法 三人称単数
πταίσῃ /πταίω (躓く) 動詞 アオリスト能動接続法 三人称単数
δεͅ /δέ (しかし) 接続詞
ἐν /ἐν (~において) 前置詞
ἑνί /εἷς (一つ) 形容詞 所有格属格 単数男性
γέγονεν /γίνομαι (~になる) 動詞 完了能動直接法 三人称単数
πάντων /πᾶς (全ての) 形容詞 所有格属格 複数男性
ἔνοχος /ἔνοχος (有罪) 形容詞 主格単数男性

訳としては、
「なぜなら全ての法を守ったのであろうと、その一つにおいて躓いたであろう者はだれでも、全ての有罪になるのだ」
という感じになるでしょうか。

「τηρήσῃ」は「守る」という動詞のアオリストの接続法です。
「πταίσῃ」の「躓く」も、アオリストの接続法。
接続法は、推測や期待を伴った表現のようですので、「~だろう」とか「~してないかな」というニュアンス。
「守っただろう」「躓いただろう」という感じの意味でしょうか。

「律法を全部守ったのだろうけど、そこのところで躓いていたようでは、まるで駄目ですよ」ということですね。

口語訳は「その一つの点にでも」と訳してますが、「も」をつけると強調点が変わる気がしますね。
律法の「すべて」と「一つ」という対比があるので、こういうニュアンスになるのでしょうけど。
前後関係からして「一つ」というものが指しているものは明らかかなと思います。ここでは隣人を愛すること。
ここの文脈ではヤコブさんは愛を行うことの重要性を説明していて、殺人や姦淫のように何をやったら違反になるというような問題ではないけど、積極的に行動しないと愛したことにならないことを説明しようとしているのでしょう。
律法を守ったと言って、違反してないのはいいけど、隣人を愛する行動をとってなければいかんでしょう、ということ。
「その一つの点にでも」と「も」をつけて訳すと、ここのところが数の問題に変わってしまうようです。

まぁ律法は一点の違反も赦されないのだ、という読み方もできそうですが。
もしそう解釈するならば、…おそらく貧しい人を冷遇したこの教会の人たちは全部違反者なので決して許されないと宣言していることになります。
でも、そういう意味で語っているわけではないでしょう。
ここでは「違反者」になるかどうかが問題になっています。
一つでも違反は違反だ、ということ。
違反したら赦されないというような話は、ここでは問題になっていない。
むしろ犯した罪は祈りによって赦される(ヤコブ 5:15)。

でも、ヤコブさんの主張のポイントは愛を行うことにあるので、違反してないということだけでは足りない。
姦淫や人殺しなどの違反はしていない。それは別にいいのだけど、隣人を愛せよとも命じられている。同じぐらい重要なものとして自覚的に行動して守らねばならないのだ、という風に強調しているのでしょう。

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ヤコブ 2:9 あなたがたは罪を犯すことになり

εἰ δὲ προσωπολημπτεῖτε, ἁμαρτίαν ἐργάζεσθε ἐλεγχόμενοι ὑπὸ τοῦ νόμου ὡς παραβάται.

(口語訳) しかし、もし分け隔てをするならば、あなたがたは罪を犯すことになり、律法によって違反者として宣告される。

εἰ /εἰ (もし) 条件文
δὲ /δέ  (しかし) 接続詞
προσωπολημπτεῖτε /προσωπολημπτέω  (えこひいきする) 動詞現在能動直接法 二人称複数
ἁμαρτίαν /ἁμαρτία (罪) 名詞 対格単数女性
ἐργάζεσθε /ἐργάζομαι (行う) 動詞 現在中動直接法 二人称複数
ἐλεγχόμενοι /ἐλέγχω (宣告する) 動詞 現在受動分詞 主格複数男性
ὑπὸ /ὑπό (~によって) 前置詞
τοῦ / (冠詞) 冠詞 所有格属格 単数男性
νόμου /νόμος (法律) 名詞 所有格属格 単数男性
ὡς /ὡς (~として) 副詞
παραβάται /παραβάτης  (違反者) 名詞 主格複数男性

訳としては、
「しかし、もしあなた方がえこひいきするなら、あなた方は罪を働いており、律法によって違反者達として宣告を受ける」
という感じでしょうか。

ὑπὸ + 所有格・属格 ⇒「~によって」になる。ここでは律法によってとなるようです。

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ヤコブ 2:8 律法を守るならば、それは良いことである

εἰ μέντοι νόμον τελεῖτε βασιλικὸν κατὰ τὴν γραφήν, Ἀγαπήσεις τὸν πλησίον σου ὡς σεαυτόν, καλῶς ποιεῖτε·

(口語訳) しかし、もしあなたがたが、「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」という聖書の言葉に従って、このきわめて尊い律法を守るならば、それは良いことである。

εἰ /εἰ (もし) 条件文
μέντοι /μέντοι (しかしながら) 接続詞
νόμον /νόμος (律法) 名詞 対格単数男性
τελεῖτε /τελέω (全うする) 動詞 現在能動直接法 二人称複数
βασιλικὸν /βασιλικός (王の) 形容詞 対格単数男性
κατὰ /κατά (~の下に) 前置詞
τὴν / (冠詞) 
γραφήν /γραφή (聖書) 名詞 対格単数女性
Ἀγαπήσεις /ἀγαπάω (愛する) 動詞 未来能動命令 二人称単数
τὸν / (冠詞) 
πλησίον /πλησίον (隣人) 副詞
σου /σύ (あなたの) 人称代名詞 二人称 所有格・属格 単数
ὡς /ὡς (~のように) 副詞
σεαυτόν /σεαυτοῦ (あなた自身) 二人称 対格単数男性
καλῶς /καλῶς (良い) 
ποιεῖτε /ποιέω (行う) 動詞 現在能動直接法 二人称複数

引用文のところが難しいな。
「しかしながら、もしあなた方が聖書の「あなた自身のようにあなたの隣人を愛せよ」に沿って、王の律法を全うするならば、よくやっている」
という感じの訳になるでしょうか。

「よくやっている」とか「大したものだ」のような感じのニュアンスかな。
2章の譬え話では、教会員が貧しい人をえこひいきしたと批判しているので、ちゃんと出来てはいない。
「これで皆さんが律法を全うしているならば、大したものですな」
というような言い方で、王の律法の沿わない行動であることを示唆しているようです。

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