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ヤコブ 2:10 律法をことごとく守ったとしても

ὅστις γὰρ ὅλον τὸν νόμον τηρήσῃ πταίσῃ δεͅ ἐν ἑνί γέγονεν πάντων ἔνοχος.

(口語訳) なぜなら、律法をことごとく守ったとしても、その一つの点にでも落ち度があれば、全体を犯したことになるからである。

ὅστις /ὅστις (誰でも) 関係代名詞 主格単数男性
γὰρ /γάρ (なぜなら) 接続詞
ὅλον /ὅλος (全体を) 形容詞 対格単数男性
τὸν / (冠詞) 冠詞 対格単数男性
νόμον /νόμος (法律) 名詞 対格単数男性
τηρήσῃ /τηρέω (守る) 動詞 アオリスト能動接続法 三人称単数
πταίσῃ /πταίω (躓く) 動詞 アオリスト能動接続法 三人称単数
δεͅ /δέ (しかし) 接続詞
ἐν /ἐν (~において) 前置詞
ἑνί /εἷς (一つ) 形容詞 所有格属格 単数男性
γέγονεν /γίνομαι (~になる) 動詞 完了能動直接法 三人称単数
πάντων /πᾶς (全ての) 形容詞 所有格属格 複数男性
ἔνοχος /ἔνοχος (有罪) 形容詞 主格単数男性

訳としては、
「なぜなら全ての法を守ったのであろうと、その一つにおいて躓いたであろう者はだれでも、全ての有罪になるのだ」
という感じになるでしょうか。

「τηρήσῃ」は「守る」という動詞のアオリストの接続法です。
「πταίσῃ」の「躓く」も、アオリストの接続法。
接続法は、推測や期待を伴った表現のようですので、「~だろう」とか「~してないかな」というニュアンス。
「守っただろう」「躓いただろう」という感じの意味でしょうか。

「律法を全部守ったのだろうけど、そこのところで躓いていたようでは、まるで駄目ですよ」ということですね。

口語訳は「その一つの点にでも」と訳してますが、「も」をつけると強調点が変わる気がしますね。
律法の「すべて」と「一つ」という対比があるので、こういうニュアンスになるのでしょうけど。
前後関係からして「一つ」というものが指しているものは明らかかなと思います。ここでは隣人を愛すること。
ここの文脈ではヤコブさんは愛を行うことの重要性を説明していて、殺人や姦淫のように何をやったら違反になるというような問題ではないけど、積極的に行動しないと愛したことにならないことを説明しようとしているのでしょう。
律法を守ったと言って、違反してないのはいいけど、隣人を愛する行動をとってなければいかんでしょう、ということ。
「その一つの点にでも」と「も」をつけて訳すと、ここのところが数の問題に変わってしまうようです。

まぁ律法は一点の違反も赦されないのだ、という読み方もできそうですが。
もしそう解釈するならば、…おそらく貧しい人を冷遇したこの教会の人たちは全部違反者なので決して許されないと宣言していることになります。
でも、そういう意味で語っているわけではないでしょう。
ここでは「違反者」になるかどうかが問題になっています。
一つでも違反は違反だ、ということ。
違反したら赦されないというような話は、ここでは問題になっていない。
むしろ犯した罪は祈りによって赦される(ヤコブ 5:15)。

でも、ヤコブさんの主張のポイントは愛を行うことにあるので、違反してないということだけでは足りない。
姦淫や人殺しなどの違反はしていない。それは別にいいのだけど、隣人を愛せよとも命じられている。同じぐらい重要なものとして自覚的に行動して守らねばならないのだ、という風に強調しているのでしょう。

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