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使徒行伝15:36-41 シリアとキリキア

(使徒行伝15:36-41)について予習。

ひとまずギリシャ語で聴いてみて、声に出して読んでみる。
15:36の「ἐπιστρέψαντες 戻る」 と「ἐπισκεψώμεθα 訪ねる」は読みにくい。読めない単語からチョコチョコ調べてみる。

「連れていく」という語は「συμπαραλαβεῖν  (アオリスト)」「συμπαραλαμβάνειν (現在)」と「παραλαβόντα (分詞)」が出てきます。
「συμπαραλαμβάνω 連れていく」が元の形。
「σύν (~とともに) + παρά (~に沿って) + λαμβάνω (~取る)」に分解できるようです。

(使徒行伝15:36-41) 音声は例によってGREEKLATINAUDIO.COM から勝手に拝借

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諸訳をカンニングしながら訳してみると下記のような感じになりました。

36 Μετὰ δέ τινας ἡμέρας εἶπεν πρὸς Βαρναβᾶν Παῦλος·
ἐπιστρέψαντες δὴ ἐπισκεψώμεθα τοὺς ἀδελφοὺς κατὰ πόλιν πᾶσαν ἐν αἷς κατηγγείλαμεν τὸν λόγον τοῦ κυρίου πῶς ἔχουσιν.
数日の後、バルナバに対してパウロは言った。
戻って(私が)主の言葉を宣べ伝えたすべての町の兄弟たちをどうしているか訪ねないか。

37 Βαρναβᾶς δὲ ἐβούλετο συμπαραλαβεῖν καὶ τὸν Ἰωάννην τὸν καλούμενον Μᾶρκον·
バルナバはマルコというヨハネも連れたいと望んでいた。

38 Παῦλος δὲ ἠξίου, τὸν ἀποστάντα ἀπ’ αὐτῶν ἀπὸ Παμφυλίας καὶ μὴ συνελθόντα αὐτοῖς εἰς τὸ ἔργον μὴ συμπαραλαμβάνειν τοῦτον.
しかしパウロは思った。パンフィリアから彼らから離れ、そして彼らの業について来なかった者は、連れて行かないと。

39 ἐγένετο δὲ παροξυσμὸς ὥστε ἀποχωρισθῆναι αὐτοὺς ἀπ’ ἀλλήλων, τόν τε Βαρναβᾶν παραλαβόντα τὸν Μᾶρκον ἐκπλεῦσαι εἰς Κύπρον,
怒りが生じて、彼らは互いに別れ、そしてバルナバはマルコを連れてキプロスへ出向し、

40 Παῦλος δὲ ἐπιλεξάμενος Σιλᾶν ἐξῆλθεν παραδοθεὶς τῇ χάριτι τοῦ κυρίου ὑπὸ τῶν ἀδελφῶν.
パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みに引き渡されて発った。

41 διήρχετο δὲ τὴν Συρίαν καὶ [τὴν] Κιλικίαν ἐπιστηρίζων τὰς ἐκκλησίας.
彼らはシリアとキリキアを通って(彼は)諸教会を力づけた。

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気になるのは(15:36)で、「κατηγγείλαμεν 宣べ伝えた」が単数であること。
単数なので「わたしが宣べ伝えた」ところに一緒に行きましょうと言っているようです。

バルナバと一緒に宣教して回ったところに行きましょうと言っているのではないのかな。
(一人称複数の間違いでした⇒なので「私たちが宣べ伝えた」で合ってるな)

地名でポイントになるのは「キリキア」です。

パウロの一回目の宣教旅行は、バルナバと一緒に行っています。
キプロス島からペルゲ⇒ピシディアのアンティオキア、イオニコン、リストラ、デルベを回ります。
この一回目の宣教旅行にキリキアは入っていない。

一回目の宣教旅行までのパウロの足跡は、資料からすると下記のようなものです。
パウロは回心後、3年経ってからエルサレムへペテロをたずねます。その後、シリアおよびキリキアへ行ったとあります(ガラテヤ 1:21)。
それから14年経ってからバルナバと一緒にエルサレムに上ります(飢饉の援助 ガラテヤ 2:1-2、使徒 11:27-30)。
使徒行伝によるとバルナバがタルソス(キリキア)にいるサウロ(パウロ)を捜しに来てアンティオキアへ連れてゆき、そこで1年過ごした頃に飢饉の援助に行ったとあります。
その後に一回目の宣教旅行に行くわけです。
パウロはアンティオキアに来るまでのかなり長い期間、シリア・キリキアにいた可能性が高いわけです。

ここで使徒会議の決議の手紙を見てみます。

 (使徒 15:23-24 抜粋)
 使徒と長老たちが兄弟として、アンティオキアとシリア州とキリキア州に住む、異邦人の兄弟たちに挨拶いたします。
 聞くところによると、わたしたちのうちのある者がそちらへ行き、わたしたちから何の指示もないのに、
 いろいろなことを言って、あなたがたを騒がせ動揺させたとのことです。

この手紙では、アンティオキアだけでなくシリア、キリキアにもユダヤ主義的な信徒が来ていて騒ぎになったことが前提されています。
もしこのような手紙をパウロが受け取ったのならば、パウロはシリア・キリキアの教会を訪ねて行って堂々とエルサレムから承認を受けているのだと言いに行きたかったのではないでしょうか。
(使徒会議にパウロが参加していなかったという説がありますが、参加していなかったとしてもパウロが様子を見に行きたいと考えるのはシリア・キリキアであることに変わりはないかも)

もしそうであるならば、第二宣教旅行のシリアとキリキアはパウロにとって元来の訪問先だったのではないでしょうか。
だから「わたしが宣教して回ったすべての町に行かないか」とバルナバを(シリア・キリキア行きに)誘ったのかなと。
バルナバと喧嘩別れしてしまったからキプロス島へ行かなかったのではないのかも…などと思いました。

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