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「しかし それだけではない。 加藤周一 幽霊と語る」を観た。

「しかし それだけではない。 加藤周一 幽霊と語る」を観た。

加藤氏の生前最後のインタビューを含んだドキュメンタリー作品。

生きている人間は変わってゆくが、亡くなった人々、幽霊は年をとらず、意見を変えることはない。
戦死した友人、戦争に批判的であった恩師らの姿が、彼の前によみがえる。
加藤氏を突き動かしてきた「幽霊」…戦争・死の不条理を語る。

開戦の一報を聞いて、加藤氏は死を覚悟したという。
勝ち目のない戦争と彼は理解していた。
しかし、言論の統制が厳しく、批判することなど到底できない。
戦争に批判的な恩師は、外国語で日記を書いた。万一誰かの眼についたらただ事では済まない。用心のためである。
戦争へ駆り出され、亡くなった友人について、彼の遺志を継ぐべきとまで言わないまでも、
彼だったらやるかも知れないと思うことを、まったくやらないというのにはうしろめたさを感じる、という。

加藤氏の語りには、彼の平和への意思を次世代に継いでもらいたいという期待も感じる。
そこには嘘はいらない。事実はどういうものであったか、見定めることによって…正確に知ることによって人は判断できるようになると。
とるにたらない無力な一人の人間であっても考えることによって、そのことが世界に意味を与えることができるのだ、という。

「幽霊と語る」といってもオカルトではない。彼は最期まで冷徹な分析で未来を見据えて、絵空事のような明るい未来を語るわけでもない。
戦争の不合理、死の不条理。
…根本的に加藤氏にとって人間は卑小な存在なのだと思う。だが、その人間の意思に価値を見出しているようです。
その人間の意思の不可思議さへの期待と、虚飾を排して事実を正確に知るという姿勢の誠実さ、などなど彼の生き方・評論のバックグラウンドを感じさせられる映画でした。

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» しかし、それだけではない [映画的・絵画的・音楽的]
 ドキュメンタリー映画『しかし、それだけではない。〜加藤周一 幽霊と語る』を、渋谷のシネマ・アンジェリカで見てきました。  2週間ほどの上映期間だというので、昔からの加藤周一ファンとしては、内容がどんなものなのかは全然確かめもせずに、先の日曜日に慌てて見に行きました。  と言っても、亡くなった時はすでに相当高齢でしたから(2008年12月、89歳)、わざわざその映画を見たいと思う人はそんなにいないのではないか、と高を括っていました。  ところが、驚いたことに各回ほぼ満席状態だとのこと。特に、先週の... [続きを読む]

受信: 2010年3月17日 (水) 06時29分

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