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2010年2月

「しかし それだけではない。 加藤周一 幽霊と語る」を観た。

「しかし それだけではない。 加藤周一 幽霊と語る」を観た。

加藤氏の生前最後のインタビューを含んだドキュメンタリー作品。

生きている人間は変わってゆくが、亡くなった人々、幽霊は年をとらず、意見を変えることはない。
戦死した友人、戦争に批判的であった恩師らの姿が、彼の前によみがえる。
加藤氏を突き動かしてきた「幽霊」…戦争・死の不条理を語る。

開戦の一報を聞いて、加藤氏は死を覚悟したという。
勝ち目のない戦争と彼は理解していた。
しかし、言論の統制が厳しく、批判することなど到底できない。
戦争に批判的な恩師は、外国語で日記を書いた。万一誰かの眼についたらただ事では済まない。用心のためである。
戦争へ駆り出され、亡くなった友人について、彼の遺志を継ぐべきとまで言わないまでも、
彼だったらやるかも知れないと思うことを、まったくやらないというのにはうしろめたさを感じる、という。

加藤氏の語りには、彼の平和への意思を次世代に継いでもらいたいという期待も感じる。
そこには嘘はいらない。事実はどういうものであったか、見定めることによって…正確に知ることによって人は判断できるようになると。
とるにたらない無力な一人の人間であっても考えることによって、そのことが世界に意味を与えることができるのだ、という。

「幽霊と語る」といってもオカルトではない。彼は最期まで冷徹な分析で未来を見据えて、絵空事のような明るい未来を語るわけでもない。
戦争の不合理、死の不条理。
…根本的に加藤氏にとって人間は卑小な存在なのだと思う。だが、その人間の意思に価値を見出しているようです。
その人間の意思の不可思議さへの期待と、虚飾を排して事実を正確に知るという姿勢の誠実さ、などなど彼の生き方・評論のバックグラウンドを感じさせられる映画でした。

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ギリシャ語入力のタグ

新約聖書のギリシャ語をブログに書こうと思っても、気息記号なんかが文字化けしたりします。
画像にするとコピペできないのが面倒です。

僕は下記のタグを使ってギリシャ語の部分のフォントを'Palatino Linotypeに指定してます。windowsならこれで表示されるでしょう。

<p lang="grc" style="FONT: 100%/180% 'Palatino Linotype',serif"> ここにギリシャ語を入力します </p>

100%となっているところの値を変えることで文字サイズを変更できます。
通常の文字サイズが100%とした時の相対的なサイズを入力します。
180%となっているところの値を変えると行間が変更できます。
文字サイズが小さいと気息記号が読みにくいので、僕は大きい目に設定することが多いです。
下記のように入力すると、

<p lang="grc" style="FONT: 100%/180% 'Palatino Linotype',serif"> ὑμεῖς δὲ ἠτιμάσατε τὸν πτωχόν. </p>

↓下のように表示されます。

 ὑμεῖς δὲ ἠτιμάσατε τὸν πτωχόν. 

まぁこれについては、もっとよい方法があるかと思います。
ココログは、外部スタイルシートにすると、今使っているテンプレートのCSSが使えなくなるみたい。
ブログ全体をつくり込むのは面倒なので、上記のタグでギリシャ語を表示させています。

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音楽聴いて慣れるのもいいか 4

Mixalis Xatzigiannis (Μιχάλης Χατζηγιάννης)
「For you (Για σένα)」

さて、例によってギリシャ語を音楽聴いただけで感覚的に覚えられたらいいなという横着な話です。
この曲はライブ版が結構格好良い。
verse の部分はどこか懐かしい歌謡曲のテイストです。あぁ、Air Supply 「Even the Nights Are Better」のサビのあたりが近いかも。
BridgeからChorusにかけては、80'sの洋楽の何かに似ている気がする。
ギリシャ語本文と英訳のサイトはこちら


あと、英語だけどElena Paparizou の 「Just Walk Away」を聴いて感動。
いやぁ、こんなに歌唱力があったのですね。ギリシャ語の曲だとあんまり曲を聴いてなくて、英語の曲を歌っているのを聴いて初めてうわぁ上手いなぁと気付いた。

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静かな作業だけど大変そうだ

中世の写本の書き方を再現しているようです。
英語力がなくて聞き取れませんが、皮紙(パーチメント)と言ってますね。

こういった写本のデザインされたフォントを書くことをカリグラフィーというのでしょうか。
続きの映像のなかには書いている様子もありますが、なんとなく書き順が違っている感じがして違和感があります。
「Part 3c」では、間違ったところを削って消しているようすがあります。

しーんとしていて静かな作業ですが、結構しんどいのではないかと。

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聖書検索のサイト

「Devotion Time」
「DT Works クラウド型聖書検索 並行表示サイト」
http://dtime.jp/bible/index.html

聖書検索の機能は何だか凄い。
新共同訳と口語訳、ギリシャ語本文(BYZ、UBS)が並列表示される。
ギリシャ語の単語にマウスを近づけると、単語の意味(英語)とパージング(日本語)が表示されます。

ユーザーがコメントを書き込んで、みんなで共有することもできるようです。

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ヤコブ 2:5 信仰に富ませ

Ἀκούσατε, ἀδελφοί μου ἀγαπητοί· οὐχ ὁ θεὸς ἐξελέξατο τοὺς πτωχοὺς τῷ κόσμῳ πλουσίους ἐν πίστει καὶ κληρονόμους τῆς βασιλείας ἧς ἐπηγγείλατο τοῖς ἀγαπῶσιν αὐτὸν;

(口語訳) 愛する兄弟たちよ。よく聞きなさい。神は、この世の貧しい人たちを選んで信仰に富ませ、神を愛する者たちに約束された御国の相続者とされたではないか。

Ἀκούσατε /ἀκούω (聞く) 動詞 - アオリスト能動・中動 命令 - 二人称
ἀδελφοί /ἀδελφός (兄弟) 名詞 - 呼格 複数男性
μου /ἐγώ  (私) 人称代名詞 - 一人称 所有格・属格 単数
ἀγαπητοί /ἀγαπητός (愛しい) 形容詞 - 呼格 複数男性
οὐχ /οὐ (~ない) 分詞 - 主格
 /ὁ (冠詞) 定冠詞 - 主格単数男性
θεὸς /θεός (神) 名詞 - 主格単数男性
ἐξελέξατο /ἐκλέγομαι (選ぶ) 動詞 - アオリスト 中動 直接法 - 三人称単数
τοὺς /ὁ (定冠詞) 定冠詞 - 対格複数男性
πτωχοὺς /πτωχός (貧しい人) 形容詞 - 対格複数男性
τῷ /ὁ (定冠詞) 定冠詞 - 所有格・属格 単数男性
κόσμῳ /κόσμος (世界) 名詞 - 所有格・属格 単数男性
πλουσίους /πλούσιος (金持ち) 形容詞 - 対格 複数男性
ἐν /ἐν (~において) 前置詞
πίστει /πίστις (信仰) 名詞 - 与格 単数女性
καὶ /καί (そして) 接続詞
κληρονόμους /κληρονόμος (相続人たち) 名詞 - 対格 複数男性
τῆς /ὁ (定冠詞) 定冠詞 - 所有格・属格 単数女性
βασιλείας /βασιλεία (国・支配) 名詞 - 所有格・属格 単数女性
ἧς /ὅς (関係代名詞) 関係代名詞 - 所有格・属格 単数女性
ἐπηγγείλατο /ἐπαγγέλλομαι (約束する) 動詞 - アオリスト 中動 異態 直接法 - 三人称単数
τοῖς /ὁ (定冠詞) 定冠詞 - 与格 複数男性
ἀγαπῶσιν /ἀγαπάω (愛する) 動詞 - 現在 能動 分詞 - 与格 複数男性
αὐτὸν /αὐτός (彼) 人称代名詞 - 対格 単数 男性

「πλουσίους ἐν πίστει 信仰に富ませ」のところは難しい。
「世において貧しい人」を神が選んでいるのですよ、というのは問題ないのですが、その文章の真ん中に「信仰にある金持ち」という語が入っていて、どう訳したものかと悩みました。前後関係から金持ちは救いそうにないのですが。
そうではなくて、「世において貧しい人、つまり信仰において富んだ者」という風に並列にならべているのですね。

「世において」貧しい。「信仰において」富んだ者、は結構分かりにくい表現ですね。
「信仰において富んだ者」というのは信仰をいっぱいもっているという意味ではなく、神の支配する世においては富んだ者となるのだ、という意味のようです。
「世において」と「信仰において」の逆転ということのようです。
「この世では貧乏人だけど、あの世では金持ちになれるんだ」という雰囲気ですが、死後の世界のことではなく、神が約束がやがて実現するのだという現世の中での話なのでしょう。
神の約束は確かである。神は誠実だ。だから世において貧しい者であっても、いや貧しいものであるからこそ、神の「信実において」富める者なのだ、という感じのことをヤコブさんは言っているようです。
なので、(私の)信仰というより、(神の)信実と訳した方がよさそう。

「; 」は「?」ですね。この記号自体は後年の解釈で付けているものですが。疑問文であるようです。
「οὐχ (~ない)」と「; 」で「~ではないか?」と否定形で聞いているようです。
「οὐ」は、続く語が母音だと「οὐχ 」になる。

訳としては、
「聞きなさい、私の愛する兄弟たちよ。神は、世において貧しい人たち、信実において富んだ者たちを選び、彼らを愛する者に約束した国の相続人たちとしなかったか」
という感じでしょうか。

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