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ヤコブ 1:27 父なる神のまえに清く汚れのない宗教

θρησκεία καθαρὰ καὶ ἀμίαντος παρὰ τῷ θεῷ καὶ πατρὶ αὕτη ἐστίν, ἐπισκέπτεσθαι ὀρφανοὺς καὶ χήρας ἐν τῇ θλίψει αὐτῶν ἄσπιλον ἑαυτὸν τηρεῖν ἀπὸ τοῦ κόσμου.

(口語訳) 父なる神のみまえに清く汚れのない信心とは、困っている孤児や、やもめを見舞い、自らは世の汚れに染まずに、身を清く保つことにほかならない。

θρησκεία /θρησκεία (宗教) 名詞 主格単数女性
καθαρὰ /καθαρός (清い) 形容詞 主格単数女性
καὶ /καὶ (そして) 接続詞
ἀμίαντος /ἀμίαντος (純粋) 形容詞 主格単数女性
παρὰ /παρά  (~において) 前置詞 (与格をともなって)において
τῷ /ὁ (英語のtheにあたる) 冠詞
θεῷ /θεός (神) 名詞 与格単数男性
καὶ /καὶ (そして) 接続詞
πατρὶ /πατήρ (父) 名詞 与格単数男性
αὕτη /οὗτος (彼女) 指示代名詞 主格単数女性
ἐστίν /εἰμί (である) 動詞 現在直接法 三人称単数
ἐπισκέπτεσθαι /ἐπισκέπτομαι (~を見舞う) 動詞 現在 中動相もしくは受動 異態 不定詞
ὀρφανοὺς /ὀρφανός (近親者を亡くした) 形容詞 対格複数男性
καὶ /καὶ (そして) 接続詞
χήρας /χήρα (やもめ、未亡人) 名詞 対格複数女性
ἐν /ἐν (~において) 前置詞
τῇ / (英語のtheにあたる) 定冠詞 与格単数女性
θλίψει /θλῖψις (苦痛) 名詞 与格単数女性
αὐτῶν /αὐτός (彼ら自身) 人称代名詞 与格複数男性
ἄσπιλον /ἄσπιλος (汚れない) 形容詞 対格単数男性
ἑαυτὸν /ἑαυτοῦ (彼自身) 再帰代名詞 三人称対格単数男性
τηρεῖν /τηρέω (続ける、守る) 動詞 現在能動 不定詞
ἀπὸ /ἀπό (~から) 前置詞
τοῦ / (英語のthe) 定冠詞
κόσμου /κόσμος (世界) 名詞 所有格・属格 単数男性

文章の構成が分かりにくい。
字下げで語の掛かり方を表現すると、たぶん、下記のような感じになっている。

θρησκεία (宗教 女性名詞)
 καθαρὰ (清い)
 καὶ (そして)
 ἀμίαντος (純粋)
   παρὰ τῷ θεῷ (神の前に)
          καὶ (また)
          πατρὶ (父)
αὕτη (彼女)
ἐστίν (である)

「父である神の前に清く純粋である宗教は、これ(彼女)である」と最初に言いきっている。
「θρησκεία 宗教」が女性名詞で、「これである」というときの代名詞が「αὕτη 彼女」なのでしょう。
続く文章に未亡人が出て来るので、彼女が誰を指しているのかちょっと混乱しました。
これであるという宗教の説明が後半の部分。

ἐπισκέπτεσθαι (見舞う)
 ὀρφανοὺς (孤児)
 καὶ (~と…)
 χήρας (未亡人)
 ἐν τῇ θλίψει αὐτῶν (苦境にある)

 ἄσπιλον (汚れない)
 ἑαυτὸν (彼自身)
τηρεῖν (守る)
  ἀπὸ τοῦ κόσμου. (世界から)

「苦境にある孤児と未亡人を見舞って、世から彼自身を汚れなく保つ」ような宗教であると言っているみたい。

「θρησκεία 宗教」という語は、礼拝や祈りなどの宗教的な「行為」を指しているとのことです(辻学著「ヤコブの手紙」p97)。
なので、口語訳のように「信心」と訳すとニュアンスがズレようです。
また、「見舞う」が指しているのは「面倒を見ること、世話をすること」であろうとのこと(同書p99)。
僕が受けた印象は、世話をするというよりは、資金的な援助をしなさいという意味かと思いました。なので、お見舞いの手土産をもって「見舞う」というニュアンスでいいのかなと。
文脈からすると、これが「心を欺いていない」状態であるということになります。
心に刻まれた「言葉」を行うということは、こういうことだと。
舌を制することなく、心を欺いている宗教はむなしい(1:26)。
舌を制して、心を欺かず、苦境にある人を助ける。神の前に…神から見て清く汚れのない礼拝とはそういうものだ、と。
ニュアンスとしては(イザヤ 58:6-7)が近い気がします。

(イザヤ 58:6-7)
わたしが選ぶところの断食は、悪のなわをほどき、くびきのひもを解き、
しえたげられる者を放ち去らせ、すべてのくびきを折るなどの事ではないか。
また飢えた者に、あなたのパンを分け与え、さすらえる貧しい者を、あなたの家に入れ、
裸の者を見て、これを着せ、自分の骨肉に身を隠さないなどの事ではないか。

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