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2009年10月

ギリシャ語の勉強サイト

ギリシャ語を一語づつ丁寧に解説したブログを見つけた。
一語づつというよりも、一文字づつ教えてくれている。分かりやすいです。
どうもギリシャ語の文法などは分かりにくくて苦手なんですが、このサイトは分かりやすいようです。

「全くの初歩からマルコ伝を2年間で完読しませんか」
http://blogs.yahoo.co.jp/light73jp2002


古典ギリシャ語・聖書ギリシャ語を独習しようとする友へ
アメリカ大学ギリシャ語講座日本語版
http://sky.geocities.jp/naostheou/index.html

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ヤコブ 1:21

διὸ ἀποθέμενοι πᾶσαν ῥυπαρίαν καὶ περισσείαν κακίας ἐν πραΰτητι, δέξασθε τὸν ἔμφυτον λόγον τὸν δυνάμενον σῶσαι τὰς ψυχὰς ὑμῶν.

(口語訳)  だから、すべての汚れや、はなはだしい悪を捨て去って、心に植えつけられている御言を、すなおに受け入れなさい。御言には、あなたがたのたましいを救う力がある。

διὸ / διὸ (だから、従って) 接続詞
ἀποθέμενοι / ἀποτίθημι (捨てる) 動詞 アオリスト 中動相 分詞 主格複数男性
πᾶσαν / πᾶς (すべて) 形容詞 対格単数女性
ῥυπαρίαν / ῥυπαρία (汚れ) 名詞 対格単数女性
καὶ / καὶ (そして) 接続詞
περισσείαν / περισσεία (残る、余る、大量) 名詞 対格単数女性
κακίας / κακία (悪いこと) 名詞 所有格・属格 単数女性
ἐν / ἐν (前置詞 in、by、with) 前置詞
πραΰτητι / πραΰτης (謙虚) 名詞 与格単数女性
δέξασθε / δέχομαι (~を受け入れる) 動詞 アオリスト中動相命令法
τὸν / ὁ (冠詞) 冠詞 対格単数男性
ἔμφυτον / ἔμφυτος (持って生まれた、植えられる、埋め込まれた) 形容詞 対格単数男性
λόγον / λόγος (言葉) 名詞 対格単数男性
τὸν / ὁ (冠詞) 冠詞 対格単数男性
δυνάμενον / δύναμαι (~できる) 動詞 現在中動相分詞 対格単数男性
σῶσαι / σῴζω (救う) 動詞 アオリスト能動直接法
τὰς / ὁ (冠詞) 冠詞 対格複数女性
ψυχὰς / ψυχή (魂) 名詞 対格複数女性
ὑμῶν / ὑμεῖς (あなたがたの) 2人称 所有代名詞 所有格・属格 複数

「ἀποθέμενοι 捨てる」という語が中動相アオリスト。
「アオリスト分詞は、文の主動詞が示す行為に対して、相対的に先行し、かつ、不特定な一回の行為を表すのが原則である。しかし、文脈によっては、現在分詞と同じように、主動詞と同時進行の行為を示すこともある」とのこと(「新約聖書ギリシャ語入門」p95)。
「Aをして、Bをした」というような文章の「Aをして…」にあたる表現のようです。
ここだとつまり、「…謙虚に捨てて、受け入れなさい」という構文になるようです。

口語訳だと「すなおに」にあたる語はπραΰτητι 。
「すなおに受け入れなさい」と訳されてますが、ネストレだと句読点が入ってるので前半の文章に掛かる気がする。つまり「すなおに捨てて」と訳すことになりそうですが。
辻学氏の注解書を見ると、πραΰτης は「柔和さ」という意味なのだそうです。
前節の「怒り」と対極にある徳目として挙げられているので、文脈からして「柔和さのうちに」は「捨て去って」よりも、「受け入れよ」の方に掛かると見た方が良いとのこと。
新共同訳は「素直に捨て去り」になっているので、ネストレに従っているようです。

「従って、すべての汚れとあり余る悪を謙虚に捨てて、あなたがたの魂を救う言葉を受け入れなさい」というに訳せるでしょうか。

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ヤコブ 1:20

ὀργὴ γὰρ ἀνδρὸς δικαιοσύνην θεοῦ οὐκ ἐργάζεται.

(口語訳) 人の怒りは神の義を実現しないからです。

ὀργὴ / ὀργὴ (怒り)
γὰρ / γὰρ (~だから)
ἀνδρὸς / ἀνήρ (人)
δικαιοσύνην / δικαιοσύνη (義 正しさ)
θεοῦ / θεός (神)
οὐκ / οὐ (~ない)
ἐργάζεται / ἐργάζομαι (~をなす、実現する、作り出す)

訳としては1:20は「人の怒りは神の義をなさないからです」という感じか。

ἐργάζεται は、「行い」「働き」を意味する ἔργον エルゴンと同じ語幹なんだな。似た語( κατεργάζεται )が1:3にも出て来る。
ガラ 3:5に「ἐνεργῶν エネルゴン」が「働かせるもの」という意味で出てきます。新共同訳と口語訳では分かりにくいので、佐竹明訳で引用します。

(ガラ 3:5 佐竹明訳)
一体あなたがたに霊を与え、あなたがたの間で力を働かせるもの(=神)[がそれを行うの]は、律法のわざに基づいてか、それとも信仰の説教にもとづいてか。

「働かせるもの」というのが「ἐνεργῶν エネルゴン」で…あぁこれはエネルギーの語源なんだとやっと気づきました。
エルゴンって意外とポピュラーな言葉だったのだなぁと。
【アルク】の語源辞典で「energy」を調べるとラテン語・ギリシャ語が語源になったとあります。
アレルギーも下記のように同じ語源だそうです。

allergy アレルギー
[語源] Gk. allos(=他者の、異物の)+ergon(=働き) = all+erg
(アルク 語源辞典より)

「義」に当たる語は、正しさを意味する語です。
終末における神の裁きにおいて、正しいとみなされるという意味ですね。
「神の義」というと、神が正義であるというような意味になりそうですが。たぶん、神が義しいことは大前提になっているはず。田川氏の訳注によると「神の義」は「神が神たることを示す」という意味であると解説しています。
この「神の義」という表現は(ローマ 1:16-19)にもあります。こちらは田川訳で引用します。

(ローマ 田川建三訳)
1:16 すなわち、私は福音を恥としない。それはすべて信じる者にとって、第一にユダヤ人にとって、またギリシャ人にとっても、救いへといたらせる神の力である。
1:17 何故なら神の義はその中で、信から信へと啓示されるからである。「義人は信から生きるであろう」と書いてあるように。
1:18 すなわち、神の怒りは真理を不義においてはばもうとする人間たちのすべての不敬虔、不義に対して天から啓示される。
1:19 何故なら、神について知りうることは、彼らのうちに明らかだからである。神が彼らに対してそれを顕わし給うたのだから。

田川訳だと、神の力が「信から信へと啓示される」(1:17)という説明は、「不義においてはばもう」とする人の「不義」に対して…啓示される」(1:18-9)とが対応しているのが分かりますね。
「信から信へ」の方は僕には難解ですが、神の怒りが不義に対して啓示されるというのはつかみやすい感じです。

この「信から信へ」の部分は解釈が難しく、新共同訳、口語訳はかなり違っています。田川訳はストレートな訳であり、意味がつかみやすいようです。
田川訳の訳注によると、「信」はギリシャ語の pistis の訳語とのこと。信仰(人間が神ないしキリストに対して持つ信仰)と伝統的に訳されているが、人間のもつ「信仰」の意味とは限らないとのこと。語の本来の意味は、「信頼」「誠実」「信実」といった意味だそうです。「神の pistis 」は、「神は誠実であること」「神の信実」「神には偽りがない」の意味だそうです。
相手に対して信頼を保つとすれば、この語は、「相手を信じること」という意味にもなり、その場合は「信仰」と訳せるすこともできるとのことです。(「訳と註 3」 p166)
「神の義」については諸説を紹介しながら、バルトの「神が神たることを示すということ」という理解が妥当であるとしてます(「訳と註 4」p115)

おそらく、ヤコブの手紙の「神の義」という語もそのパウロの用法を踏まえて理解した方がよいのでしょう。
なので、「神の義」は「神が神たることを示すということ」という意味で理解しておきます。人間が怒ったところで正義とは限らないということでしょうか。

というか、これは旧約聖書の伝統的なスタンスなのか。
パウロも同じ趣旨のことを言ってますね。

(ローマ 12:19)
愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」と書いてあります。

パウロが書いてあると言っているのは、申命記を指しています。
(申命 32:35)
わたしが報復し、報いをする/彼らの足がよろめく時まで。彼らの災いの日は近い。彼らの終わりは速やかに来る。

ヤコブの手紙は、パウロを踏まえて理解するべきなようですので、ちびちびパウロも読んでますが、なかなか難しい。

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ヤコブ 1:19

Ἴστε, ἀδελφοί μου ἀγαπητοί· ἔστω δὲ πᾶς ἄνθρωπος ταχὺς εἰς τὸ ἀκοῦσαι, βραδὺς εἰς τὸ λαλῆσαι, βραδὺς εἰς ὀργήν·

(口語訳) 愛する兄弟たちよ。このことを知っておきなさい。人はすべて、聞くに早く、語るにおそく、怒るにおそくあるべきである。

Ἴστε / οἶδα 知る 動詞 - 完全能動 命令法 - 二人称 複数
ἀδελφοί / ἀδελφός  兄弟よ 名詞 - 呼格 複数 男性
μου / ἐγώ  私の 人称 / 所有代名詞 所有格・属格
ἀγαπητοί / ἀγαπητός  愛しい 形容詞 呼格 複数 男性
ἔστω / εἰμί  動詞 現在 能動 命令法 三人称単数
δὲ / δέ しかし、また 接続詞
πᾶς / πᾶς 全て 形容詞 主格 単数 男性
ἄνθρωπος / ἄνθρωπος  人 名詞 主格 単数 男性
ταχὺς / ταχύς  早い 形容詞 主格 単数 男性
εἰς / εἰς  前置詞 (場所、時間、目的、結果の到達点や入口を示す)
τὸ / 冠詞 対格 単数 中性
ἀκοῦσαι / ἀκούω  聞く 動詞 アオリスト 不定法
βραδὺς / βραδύς  遅い 形容詞 主格 単数 男性
εἰς / εἰς  前置詞 (場所、時間、目的、結果の到達点や入口を示す)
τὸ / 冠詞 対格 単数 中性
λαλῆσαι / λαλέω  話す 動詞 アオリスト 不定法
βραδὺς / βραδύς  遅い 形容詞 主格 単数 男性
εἰς / εἰς  前置詞 (場所、時間、目的、結果の到達点や入口を示す)
ὀργήν / ὀργή  怒り 名詞 対格 単数 女性

Ἴστε は「見よ」「わきまえよ」というような意味のようです。
「聞く」「話す」は動詞です。冠詞がついているので、「聞くこと」「話すこと」というような感じになるのかな。あるいは「聞く者」「話す者」か。
「聞く」「話す」がアオリストなので、「聞いた者」「話した者」になりそうですが。
「早寝、早起き」のような慣用句に近い気がします。「人はみな、早く聞き、遅く話す者であれ」という感じ。

最後の「怒り」は名詞の対格なので、「怒りを」と訳せる。
δὲ は話題が変わったのでついているようす。「また」と話を変える感じか。

「また、知っておきなさい、愛する兄弟たちよ、人はみな早く聞き、遅く話し、怒りを遅くなさい」という感じでしょうか。

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