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ジョン・ヒューストン監督の「天地創造」を観た。

ジョン・ヒューストン監督の「天地創造」を観た。
本で読んでいると、色々誤解したイメージを勝手に作り上げてしまっているので、それを訂正するためにもちょっと見てみようかなと。
映画だと脚色されている部分はともかく、時代考証されてそこそこ正確なイメージが再現されているのではないかと。

ジョージ・C・スコットがアブラハム役だったんだ。パッケージを見ても気づかなかった。
族長としての威厳もあるし、イサクを犠牲に捧げねばならなくなり苦悩する姿もいい感じです。

ジョン・ヒューストンがノアを楽しそうに演じています。
動物たちと平和に過ごすイメージを、もっとエデンの園の場面で入れてほしかったのですが、むしろ箱舟のシーンでそれを補うのは正解なのかも。楽しい場面になってます。

わりと正確に聖書の通り演出しているのだけど、ちょっとした部分で「あれッ、違うな」と思ってしまった。
ノアが箱舟に乗りこんだら「主は、ノアの後ろで戸を閉ざされた」とあるので、僕のイメージでは動物たちと一緒に乗り込んで行くと、ノアの後ろでバターンと戸がしまってしまう感じなんですが、ノアたちが自分で閉めてますね。乗り込むメンバーを最終的に決定しているのがヤハウェであるという演出が、結構重要な気がするのですが。

あと、終盤の方ですが、イサクが先祖の名前を覚える場面があって、
「私を成した先祖は箱舟を作り家族を救ったノアに始まり、セムからアルパクサデ、シラ、エベルと続き」と先祖の名前を挙げていた。
ノアからカウントするのか。
アダムからカウントするものとばかり思っていたや。イエスの系図のようにさかのぼるわけではないのだな。
(創世 10:22)の記述も、ノア以降の子孫を数えているので、イスラエルの人々はそうやってカウントしていたのだろうか。

アダムとエバのあたりに不満が集中してあります。
この場面はテンポが悪い。
…アダムが青い目をしたブロンド野郎なのですが、へブル人の特徴をもった役者にした方がいいのじゃないの。
ヘビが「エバ、エバ」と呼びかけたり。
アダムより先にエバと呼ぶと、ヘビが名付けたかのような印象を受けるけど。
エバ(命)という名前の由来…すべて命ある者の母になるという運命を負ってから、この名前が出て来るのでないと落ち着かない。
あぁ、でも語源的な説明は映画だと分かりにくいので、このあたりは捨てたのかなぁ。アダムが土(アダマ)の塵からつくられるという語源の説明もなかったし。

巧いなぁと思ったのは、農作業をしているカインに神が「お前の弟アベルは、どこにいるのか」と尋ねると、
カインは空を見上げて、「知りません。わたしは弟の番人でしょうか」という場面。
空を見上げると、太陽があり、眩しくて直視できず、カインは手で光をよけながら話すのですが、その手にベットリ血がついている。
神を直視できない罪の意識と、血塗られた手という視覚的なイメージの組み合わせに、はっとさせられます。

あと巧いなと思ったのは、終盤にアブラハムとイサクが、崩壊したソドムを通過する場面(聖書にはない)。
ソドムの住民全員が滅ぼされたことについて、イサクが「子どもにも罪があったの?」と尋ねる。
イサクは、焼け残った子どもの頭がい骨を見る。すると、頭蓋骨の目からヘビが這い出してきて、ゆっくりと廃墟の街の地の裂け目に消えてゆく…というショット。
子どもですら呪われた存在であったことを暗示させる不気味な演出です。
(今、ソドムの話を映像化したら、もっと安直に「悪魔的な子供」を登場させて「こんな餓鬼は死んで当然だ」と感じさせるような演出にしてしまうと思う。それはそれで差別的な演出になりそうだ)
ソドムの子供に罪があったのか、について一つの解釈を提示しておかないと、神は絶対だという「イサクの燔祭」の場面の意味が分からなくなってしまうので、これはこの解釈が好きかどうかはともかくとして、重要な演出だなぁと思った。

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