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ヤコブ 1:14

ἕκαστος δὲ πειράζεται ὑπὸ τῆς ἰδίας ἐπιθυμίας ἐξελκόμενος καὶ δελεαζόμενος·

(口語訳) 人が誘惑に陥るのは、それぞれ、欲に引かれ、さそわれるからである。

ἕκαστος / ἔκαστος (各々、それぞれ) − 形容詞: 主格 単数 男性
δὲ / δὲ (しかし) − 接続詞
πειράζεται / πειράζω (試み) − 動詞: 三人称 現在 受動 直接法 単数
ὑπὸ / ὑπὸ (~の下で) − 前置詞
τῆς / ὁ (冠詞 the) − 冠詞: 所有格、属格 単数 女性
ἰδίας / ἴδιας (~自身) − 形容詞: 所有格、属格 単数 女性
ἐπιθυμίας / ἐπιθυμία (欲望、欲求) − 名詞: 所有格、属格 単数 女性
ἐξελκόμενος / ἐξέλκω (引き込む) − 動詞: 現在 受動 分詞 主格 単数 男性
καὶ / καὶ (そして) − 接続詞
δελεαζόμενος / δελεάζω (誘惑する 釣る) − 動詞: 現在 受動 分詞 主格 単数 男性

「しかし、各々が自身の欲望のもとで引かれることで、また釣られることで誘惑される」という感じでしょうか。

「引き込む ἐξελκόμενος」「誘惑する/釣る δελεαζόμενος」の語は、分詞です。
分詞は、性・数・格を一致させた名詞にかかります。なので、ここでは「各々 ἕκαστος」という語に掛かるようです。
分詞は、形容詞と同じように、限定的(付加語的)、名詞的、述語的(副詞的)に用いられるとのこと。
述語的用法の分詞は、文脈に従って「~する時/した時」、「~を使って」(手段)、「~の理由で」(原因)、「~ならば」(条件)、「~だとしても」(譲歩)などの意味に用いられるそうです。
ここでは原因を表しているようなので、「引かれることで」「釣られることで」と訳してみました。

1:14-15は各々の中にある欲望が、罪と死へと至らせることを説明してます。
神が他所に仕掛けをつくって人間を試みてやろうとしているわけではないという主張です。
1:14の「欲に引かれ、さそわれるからである」の部分が英訳では「引き離される drawn away」となってることが多いようです。
KJV 「But every man is tempted, when he is drawn away of his own lust, and enticed.」
でも「引き離される」というよりは、「引き込まれる」の方が僕のイメージには合います。
「引き離す」という表現は、本来の目的から人を引き離してしまうというような意味なのでしょうけど。
欲望というものが、悪魔みたいなイメージで外部に存在していて、人間を誘惑してるようなイメージにとらえている感じがします(ヤコブの手紙の著者は、悪魔についても述べてますが、ここの文脈では文脈に合致しないかと思います)。
「すべての人 every man」対「欲望」という図式になっている感じ。
でも、ヤコブの手紙の著者のイメージは、「それぞれの人は」と言っているので、各々の内部にある自分の欲望が問題になるわけです。自分の中にある(つまり個人的なしょうもない)欲望だから、神とは関係ない。
神が他所に仕掛けをつくって人間を試みてやろうとしているわけではない、という説明につながります。
これを「すべての人は誘惑に陥るのだ、それは欲望によって引き離されるからだ」と説明すると、その欲望を作ったのは神ではないのかという話に戻ってしまう気がします。
「それぞれの人は」という表現は、全員を含んでいますけど、「どんな人間も誘惑に陥るのだ」という面を強調するとヤコブの著者の言っているニュアンスが伝わらなくなりそうです。

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