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ヤコブの手紙 1:1-12の構成

ギリシャ語の勉強の仕方もよく分からないので、慣れるために少々意味が分からなくても繰り返し読むようにしてました。
最初にヤコブ 1:1-12まで単語の意味を調べて、繰り返し読んで、大体暗唱できるようになったあたりでこのブログを書きはじめています。

ヤコブの手紙は、韻を踏んでいるようで、結構覚えやすいです。
文末に出て来た単語(あるいは似た発音の語)が、次の文章の最初の方に出て来くるので、暗誦するのに便利な感じです。
演説慣れした人が原稿を書いているような感じがします。覚えやすいように工夫されたセリフのような感じ。
下記の赤い部分が、韻を踏んでいたり、同じ単語が続けて出てくるので覚えやすいと感じる部分です。
(また旧約聖書の引用か、口承伝承の言い回しを用いていると思われるので、当時の人にとっては記憶しやすい要素が多くあると思います)

Ἰάκωβος θεοῦ καὶ κυρίου Ἰησοῦ Χριστοῦ δοῦλος ταῖς δώδεκα φυλαῖς ταῖς ἐν τῇ διασπορᾷ χαίρειν.
Πᾶσαν χαρὰν ἡγήσασθε, ἀδελφοί μου, ὅταν πειρασμοῖς περιπέσητε ποικίλοις,
γινώσκοντες ὅτι τὸ δοκίμιον ὑμῶν τῆς πίστεως κατεργάζεται ὑπομονήν.
ἡ δὲ ὑπομονὴ ἔργον τέλειον ἐχέτω, ἵνα ἦτε τέλειοι καὶ ὁλόκληροι ἐν μηδενὶ λειπόμενοι.
εἰ δέ τις ὑμῶν λείπεται σοφίας, αἰτείτω παρὰ τοῦ διδόντος θεοῦ πᾶσιν ἁπλῶς καὶ μὴ ὀνειδίζοντος καὶ δοθήσεται αὐτῷ.
αἰτείτω δὲ ἐν πίστει μηδὲν διακρινόμενος· ὁ γὰρ διακρινόμενος ἔοικεν κλύδωνι θαλάσσης ἀνεμιζομένῳ καὶ ῥιπιζομένῳ.
μὴ γὰρ οἰέσθω ὁ ἄνθρωπος ἐκεῖνος ὅτι λήμψεταί τι παρὰ τοῦ κυρίου,
ἀνὴρ δίψυχος ἀκατάστατος ἐν πάσαις ταῖς ὁδοῖς αὐτοῦ.
Καυχάσθω δὲ ὁ ἀδελφὸς ὁ ταπεινὸς ἐν τῷ ὕψει αὐτοῦ,
ὁ δὲ πλούσιος ἐν τῇ ταπεινώσει αὐτοῦ, ὅτι ὡς ἄνθος χόρτου παρελεύσεται.
ἀνέτειλεν γὰρ ὁ ἥλιος σὺν τῷ καύσωνι καὶ ἐξήρανεν τὸν χόρτον καὶ τὸ ἄνθος αὐτοῦ ἐξέπεσεν καὶ ἡ εὐπρέπεια τοῦ προσώπου αὐτοῦ ἀπώλετο· οὕτως καὶ ὁ πλούσιος ἐν ταῖς πορείαις αὐτοῦ μαρανθήσεται.

1:12は上記に出て来た単語がいくつかまとまって出てきます。(下線で示している語です)

Μακάριος ἀνὴρ ὃς ὑπομένει πειρασμόν, ὅτι δόκιμος γενόμενος λήμψεται τὸν στέφανον τῆς ζωῆς ὃν ἐπηγγείλατο τοῖς ἀγαπῶσιν αὐτόν.

1:12はキーワードが綺麗にまとめられています。
韻を踏んで話を展開しているわりに、こんな風にまとめられるというのは話の展開が巧いのではないでしょうか。
僕の勝手な妄想ですが、逆に1:12の文を先に考えて、そのテーマに向かって展開するように韻を踏みながら書いて行ったのかなと思います。
そうして頭の中に「試練πειρασμός」「耐えるὑπομονή」といったキーワードがあって、試練に耐えてほしいという文意に沿うように「挨拶をおくるχαίρειν」で韻を踏むので「喜びχαρὰνと思いなさい」と書かれたのかも知れません。

つづく1:12-18も同じように書かれたならば、おそらく1:18を先にテーマとして考えていて、その重要なキーワードを韻を踏みながら展開しているのではないかと思います。
1:18に含まれるキーワードで、繰り返し出てきているのは「生む」です。
この部分はおそらく、自分達が苦難の中にあっても、それは神から罰を受けているのではないということ。自分達が「(神の)御旨のままに、生み出」された者であることを確認しようとしているのではないでしょうか。
これを確認したのは、ひょっとすると教会内で生じた論争から感情的になって相手に対して「神の御旨に反している」と言い合っていたからかも知れません。

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