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ヤコブの手紙 1:3

γινώσκοωτες ὅτι τὸ δοκίμοιν ὑμῶν τῆς πίστεως κατεργάζεται ὑπομονήν.

(口語訳) ヤコブ 1:3 あなたがたの知っているとおり、信仰がためされることによって、忍耐が生み出されるからである。

γινώσκοωτες ὅτι τὸ δοκίμοιν ὑμῶν τῆς πίστεως
認識する、知る
γινώσκω
動詞(verb)
現在(present)
能動(active)
分詞(participle)
主格(nominative)
複数(plural)
男性(masculine)
ὅτι
接続詞(conjunction)
英語のthatの用法に近い。becouse、sinceとも訳されている。

代名詞(pronoun)/冠詞(article)
主格(nominative)
単数(singular)
中性(neuter)
試す
δοκίμοιν
名詞
主格
単数
中性
あなたたちの
σύ
代名詞
人称(personal)/所有格(possessive)
所有格、属格(genitive)
複数
(彼女の)

代名詞(pronoun)/冠詞(article)
所有格、属格(genitive)
単数(singular)
女性形(feminine)
信仰(の)、誠実(の)
πίστις
名詞
所有格、属格
単数(singular)
女性形(feminine)

「認識しなさい」と命令されているのかと思ったら、そんな意味ではなかった。
動詞が文頭にあると命令文のように感じてしまいます。ギリシャ語はそんなことないのだな。あなた方という代名詞が省略されているようす。

「訳と註 3」 (田川建三著 p166~)からカンニング。
πίστιςは信仰と訳されることが多いとのことです。でも常に人間がもつ信仰を意味するとは限らないそうです。
この語の元来の意味は「信頼できる」「誠実である」とのことです。
パウロが「神のπίστις」(ローマ 3:3)というとき、「神の信仰」と訳すと意味がかなりズレてしまう。ここは「神の」と属格になっているので「神への信仰」という意味にはならない。
パウロの趣旨は、神は信頼できるということなので、「神の誠実」(ローマ 3:3 口語訳)と訳すのが良いとのことです。

ここのπίστεωςは「信仰の」(所有格・属格)です。「信仰を」と言いたくなりますが、言葉の掛かり方はちょっと違います。
これもまた、どうなっているのでしょう。
「あなたたちの信仰の試み(られること)が」ということですかね。
「誠実」と訳した場合には、「あなたたちの誠実さの試み(られること)が」という感じ。
ὅτιのbecauseのニュアンスは、どこにかかるのだろう。英訳では「知る」の方にかかるものがあります。「知っているからです because you know」と英訳されていようです。

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新約聖書 ヤコブの手紙 ギリシャ語」カテゴリの記事

コメント

属格は、所有の意味以外にもいろいろ有るので、できれば何かで確認するのが良いと思います。
「~に関する」みたいなニュアンスも有ります。

投稿: woody63 | 2009年3月 8日 (日) 01時37分

ちょこまかすみません。

この文の最初に有るのは動詞ではなく、分詞ですね。
副詞用法で、状況、理由、手段などの意味になると思います。

個人的には、二節の命令の動詞を修飾して、
「~ということを知ることによって」という手段の訳がしっくり来る気がします。

属格の部分ですが、「あなたがたの信仰に関わる試練」というつながりで、
「信仰」の属格が「試練」を修飾していると考えていいと思います。

日本語の聖書を参考にすると混乱する時が有ります。日本語としての整合性を優先するからです。
ὅτιはここでは単純に目的の名詞節を導き、γινώσκοωτες の目的語(節)になっています。
英語ではthatの働きになります。

投稿: woody63 | 2009年3月 8日 (日) 02時09分

woody63さん、コメントありがとうございます。
ご教示ありがとうございます。勉強になります。

>何かで確認するのが良いと思います

手元にありました「新約聖書 ギリシャ語入門」(大貫隆著)を見てみました。
以下引用です。

『属格の主な用法には3つがある.
(1)ὤρᾶ  δόχες「栄光の時」のように先行する名詞を記述あるいは限定する. この場合は「栄光に満ちた時」という意味であるから, 実質上形容詞の働きに近くなる.
(2)φωνή  ἀδελφπῆς 「ある姉妹(女性信徒)の声」のように, 先行する名詞の所有主を表す.
(3)ἀγάπη ἀδελφῆς 「ある姉妹への愛」のように, 先行する名詞の意味上の目的語を表す(この場合は, (2)に従って「ある姉妹の愛」の意味にもなりえる).』(p11)

言葉にはいろんなニュアンスもあるかと思いますが、まだまだ不勉強で調べれてない状態です。

--
ギリシャ語だけを見て、辞書から訳していくべきなのですが、
自分で訳した時に、口語訳などのニュアンスを再現できなかったりすると、
それはなぜなのだろうと、立ち戻って調べなおすために日本語の聖書を参考としています。
邪道なやり方かと思いますが、参考にしながらという状態は当面続くかと思います。

---
能動相現在分詞について、同じく「新約聖書 ギリシャ語入門」から(p87-)

『・分詞は形容詞と同じように, 限定的(付加語的), 名詞的、述語的(副詞的)に用いられる.
・述語的用法は, 述定しようとする名詞の性、数、格と一致させる.
・述語的用法の分詞は, 文脈に従って, 「~する時/した時」(時), 「~を使って」(手段), 「~の理由で」(原因), 「~ならば」(条件), 「~だとしても」(譲歩)など, さまざまな意味になる。』

さらに用例として「~するために」(目的)なども載ってました。このあたりでしょうか。
こんなに意味があったんだ。
僕はこの本を数ページで挫折してしまってまして、ほとんど読んでませんでした。もったいないことしています。
今読んでみると、ちゃんと解説されていることが分かりますが、前に挫折したときは読んでいてもまるで頭に入って来なかった感じです。
ちゃんと読まないといけないなと思いました。
ありがとうございます。

投稿: KAZIST | 2009年3月 8日 (日) 14時48分

いい資料をお持ちですね。
必要な時に読む方が理解が深まるので、いいのではないでしょうか。

投稿: woody63 | 2009年3月 9日 (月) 02時26分

woody63さん、コメントありがとうございます。

疑問にぶつかってからの方が、読んだときに「なるほど」と感じられるようです。
もう少し読み進んでいるつもりだったのですが、わずか数ページで投げ出してしまっていました。
でも、今なら読み進められそうです。
しっかり活用できるよう読んで行こうと思います。

投稿: KAZIST | 2009年3月 9日 (月) 13時05分

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