« ヤコブの手紙 1:9についての雑感 | トップページ | ヤコブの手紙 1:11 »

ヤコブ 1:10

δὲ πλούσιος ἐν τῇ ταπεινώσει αὐτοῦ, ὅτι ὡς ἄνθος χόρτου παρελεύσεται.

(口語訳) また、富んでいる者は、自分が低くされたことを喜ぶがよい。富んでいる者は、草花のように過ぎ去るからである。

 /ὁ (the) − 冠詞: 主格 単数 男性
δὲ /δὲ (しかし) − 接続詞
πλούσιος /πλούσιος (富んでいる者) − 形容詞: 主格 単数 男性
ἐν /ἐν (in) − 前置詞
τῇ /τῇ (the) − 冠詞: 与格 単数 女性
ταπεινώσει /ταπεινώσει (低下、地位を落とす) − 名詞: 与格 単数 女性
αὐτοῦ /αὐτοῦ (彼の) − 人称 / 所有代名詞: 所有格、属格 単数 男性
ὅτι /ὅτι (英語のthatの用法に近い) − 接続詞
ὡς /ὡς (~のように、そのような) − 接続詞
ἄνθος /ἄνθος (花) − 名詞: 主格 単数 中性
χόρτου /χόρτου (草) − 名詞: 所有格、属格 単数 男性
παρελεύσεται /παρελεύσεται (過ぎ去る) − 動詞: 三人称 未来 中動相 直接法 単数

---

「富んでいる者は低いところにある彼のゆえに。
草の花のように彼は過ぎ去るだろうから」
という感じでしょうか。「ゆえに」と訳せるものなのか自信ないですが。
低下とか、地位が下がること、卑しめられることなどを意味する名詞に、「彼の」という語がついて冠詞がついている。
「彼の地位の低下」とか「彼の卑しめられること」において、富んだ者は誇りなさいと訳すべきか。

「富んでいる者」は、おそらくその場にはいないのでしょう。
ヤコブ 2:6、5:1-6などの言葉は、目の前の人に言ってるわけではないでしょう。
富んでいる者については、「兄弟」とも呼ばれてもいないですし。そこにはいないのでしょう。
低い身分の兄弟については、高いところに上げられている。でも、これは兄弟(つまり信徒)全員ではないでしょう。語も単数ですし。
低い身分の人は特別に救われる。では、富んでいる者は救われるのでしょうか。
滅びる前提で語っているように思えます。
それとも「富んでいる者」は低くされたから滅びないので喜べという意味か。両方救われる話だったらコントラストになってないし。

「過ぎ去るだろう παρελεύσεται」と同じ語は、
マタイ 24:35 「天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は滅びることがない」の「滅びる」と訳されている語と同じです。
おそらくここでも滅びるという意味なのでしょう。

花や草は、枯れてしまうものの象徴だったのでしょうか。
「富んでいる者」は、草花のようにあっけなく枯れてしまうのだ、と。

(イザヤ 40:6-8)
…肉なる者は皆、草に等しい。永らえても、すべては野の花のようなもの。
草は枯れ、花はしぼむ。主の風が吹きつけたのだ。この民は草に等しい。
草は枯れ、花はしぼむが わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ。

(マタイ 13:6)の種を蒔く人の譬え
しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。

マタイ 13:6は、次のヤコブ 1:11にさらに近い表現ですね。というか、この譬えがベースにあるのかな。
しっかり根付いていないと、枯れてしまうのだということ。
ヤコブが何に根付いているべきだと考えているのか、理解する足しになりそうです。

↓ランキング参加します。クリックお願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村

|

« ヤコブの手紙 1:9についての雑感 | トップページ | ヤコブの手紙 1:11 »

新約聖書 ヤコブの手紙 ギリシャ語」カテゴリの記事

ヤコブの手紙 1:01~10」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ヤコブ 1:10:

« ヤコブの手紙 1:9についての雑感 | トップページ | ヤコブの手紙 1:11 »